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第35話
「ちょっと、いい加減にしなよ……」
「だって。『ゆきちゃん』が協力的じゃないんだもん」
ずるい。そんな拗ねた顔で、ゆきちゃんなんて呼ばないで欲しい。うっかり可愛いなんて思ってしまうじゃないか。
「BLだと受けも攻めも早く繋がりたくてたまんないから、立ったままでもやっちゃうんでしょ。なのにさあ、向井さん、全然マグロなんだもん。もっと協力して腰を浮かせるとか前に押し出すとか、足も頑張って高く上げてくれなきゃ」
腰が、足がと言いながら、奏は由幸の体を撫で回した。その手つきがBL的考察以外の他意はないとわかっていても、触れられた場所が火傷しそうなほど熱を持ち始めてしまう。
ありえないほど密着して、顔と顔がくっつきそうなほど近くにあって。
間近で見てもやはり整った顔をしている。ホクロから一本太い毛が出ているとか、鼻毛がぼうぼうに飛び出しているとか、そんな欠点があればもっと冷静になれるだろうか。
いや、きっと、そんな欠点さえも愛おしいと思ってしまうに違いない。
「もう……。いい加減、近いよ……」
これ以上、近づきすぎてはいけない。
そっと奏の胸を押し体を離した。
「いいじゃないですか」
よくない。
奏の口ぶりは、由幸のことなんか全く意識していないものだった。自分だけがこんなにドキドキして、バカみたいだ。
「俺、ソファーで寝るね」
「え、なんで?」
「風邪っぽいから。うつすと悪いし」
何か言いたそうな奏を無視し、由幸はソファーに横たわり毛布をかぶった。
***
ここのところ奏とばかり過ごしているからこんなふうになってしまったのかもしれない。
久しぶりの大学時代の同期からの誘いに由幸は即オーケーの返事を返した。
定休の土曜日、いつもなら絶対奏と会っている。奏からの誘いに断りの連絡を入れ、友人と書店近くの居酒屋で飲むことになった。
「なあ、危ないって」
昔から酒に弱かった友人は、社会人になってもコップ一杯のビールでタコみたいに赤くなる。逆に由幸はアルコールに耐性があるらしく、ジョッキを何杯おかわりしても普段とあまり変わらなかった。
「あー、飲み過ぎたあ」
「俺、全然飲んでない感じがするよ……」
六時に始まった宴会はたったの二時間でお開きになる。瓶ビール一本で完全に酔っ払った友人を支えながら駅へと向かった。
「ねえ、電車で帰れる? 無理なら彼女、呼んであげようか? 迎えに来てもらえば?」
友人の彼女も、由幸と同じ学科だった。大学時代もよく、こんなふうに酔った友人を迎えに来てもらったものだ。
「あー、どうすっかな~」
小さな段差で大きくよろけた友人を、由幸は抱きつくような形で支えた。
ふと視線を感じ顔を上げる。友人の肩越しに、こちらをじっと見ている奏と視線がぶつかった。
「あ」
もしかしてこの状況、奏の脳内では同級生カプとして妄想が始まっているのでは。
由幸はへらりと照れ笑いを投げかけたが、奏はふいっとそっぽを向いて歩き始めた。
「あれ?」
何だろう。いつになく奏の思考が読めない。なんであんなむすっとした顔で、会釈すら返してこないなんておかしい。
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