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第37話
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十二月に入ると書店もクリスマスカラーに彩られる。特にクリスマスの影響を受けるのは絵本売り場で、乳幼児向けから大人向けまで様々なクリスマスの絵本が陳列される。
レジの内側に赤と緑の包装紙が常備される。出版社からも子供向けの包装紙やメッセージカードが送られてくる。
年末は書籍や雑誌の入荷数が増える。年末年始の文庫フェアの段ボール箱を前に文庫担当の社員が平台の展開に頭を悩ませていたり、クリスマス前後には月初めに出版される雑誌やコミックが前倒しで入荷する予定だ。
「向井さん、クリスマスは何してるんですか?」
あいかわらず由幸の部屋にいりびたっている奏がスマートフォンのカレンダーを見つめながら尋ねた。
由幸の店舗は年中無休。クリスマスも正月も社員にはほぼ関係ない。社員同士でやりくりしてほんの数日の連休を取るのがやっとだ。
「クリスマスは昼から出勤。でもイブは休みだよ」
今年のクリスマスイブは定休の土曜日だ。クリスマスの予定を聞かれるということはもしかして、一緒に過ごそうという誘いだろうか。
「やっぱり、ひとりなんですか?」
「やっぱりって何だよ~。まあ、ひとりなんだけど……。八千代くんは予定あるの?」
もしないと言われたら、由幸の方から誘ってみようと思った。
いつもみたいに部屋でだらりと過ごすだけでいい。小さいケーキを買って、チキンを食べて。淡い期待が胸を焦がす。
「俺、クラスの女子に告られました」
「え……、そうなの……?」
全く予想もしていなかった報告。喉の奥が引き攣れて、上手く声が出ない。
「同級生? その子、受験は?」
「専門行くって言ってたから余裕みたいです」
「そうなんだ……。じゃあ、つきあうんだ……」
なんで聞きたくないことばかりが言葉になるのだろう。聞きたくない。聞きたくないけど、聞かずにはいられなかった。
奏は重いため息をついた。何のため息?あまりにも当たり前のことを尋ねた由幸のことを呆れて吐いたため息だろうか。
「そっすね……。特に断る理由もないならそうなるかもしれないです」
「そっか」
普通の男子なら、可愛い女の子に告白されたらホイホイつきあうものだろう。由幸自身の過去を振り返ったってそうだ。つきあうという意味を深く考えたことなどない。恋愛なんて全てタイミング次第だった。
「ねえ、向井さん。クリスマス、ひとりだったら寂しい?」
奏は由幸の瞳をのぞき込んで言った。
別にクリスマスをひとりで過ごすくらい、寂しいなんて思わない。世間がいくら盛り上がろうと、由幸にとってはただの土曜日だ。
それよりも、クリスマスに奏が自分以外と過ごすことが寂しい。寂しくて、奏が誰かに取られてしまいそうで焦れる。
「八千代くんはさあ……、その子のこと、本当に好きなのかな……」
つい苦々しい口調になる。
「好きとか意識したことはなかったです。でも告白されたのは素直に嬉しいです」
「嬉しいだけでつきあうんだ」
「じゃあ……、やめますか」
由幸がやめろと言ったらつきあうのをやめるのか。言えるものなら言いたい。その女の子とつきあって欲しくない。
だって奏が好きだから。このままだと、好きな人が誰かのものになってしまう。
そんな焦りが由幸の口を開かせた。
「つきあわない方がいいよ……。だって八千代くん、腐男子だって隠してるんでしょう。その子に言えるの? 八千代くんの部屋に誘える?その子、本棚見て驚くんじゃない?普通の女の子だったらちょっと引いちゃうんじゃないのかな」
引き留めたい気持ちが全て、奏を否定する言葉に変わる。本当はそんなことを言いたいんじゃない。ただひと言、つきあわないで、と言いたいだけなのに。
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