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第38話
「向井さんがそんなふうに言うとは思わなかった」
硬い奏の声音に、やってしまったと後悔した。しかし一度飛び出した言葉をなかったことにするのは無理だった。何も言えずに見上げる由幸に醒めた視線が突き刺さる。
「そう思ってたんですね。男のくせにBLなんか読んで気持ち悪いって」
傷つけた。自分自身を護ろうと必死で、奏のことを傷つけてしまった。恐ろしいくらいの後悔に襲われた。
「ちが……」
「向井さんずっとソファーで寝てましたもんね。風邪ひいてるなんて嘘でしょう?ねえ、俺に襲われるとでも思った?」
一度も見せたことのない嘲るような笑みを投げかけ、奏は部屋を出て行った。バタンと響くドアの開閉音が、まるで由幸を拒絶するようでその場から動くことすらままならない。
「あ……、ああ……」
今追いかければきっと間に合う。早く追いかけなきゃと思うのに。
急速に冷えていく部屋の中。一番冷えてしまったのは心だった。
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