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第40話

 それでも会いたい、会ってひと言謝りたい。奏が許してくれないとしても、もう一緒に笑ったりふざけたりできないとしても、ひと言だけ。  鞄からコミックを取り出し、パラリパラリとページをめくってみる。その一冊には高校生のみずみずしい、切なくてピュアな恋愛が描かれていた。  出会った瞬間に惹かれあい、些細なすれ違いで拗れていく。でも見つめあって、笑いあって、唇を寄せ抱き合う。  現実には到底ありえる話だとは思えない。  出会った瞬間ゲイでもないのに惹かれあわないし、告白だってできない。男同士でキスなんかしないし、セックスだってしない。 「全部、作り事なんだ」  物語はハッピーエンドなのに泣けて泣けて文字が追えなかった。  奏がいなければ、ハッピーエンドなんて意味がない。  *** 「八千代くん、試験期間らしいですよ~?」  翌日、売り場に入るなり上野に報告を受けた。 「上野さん……、八千代くんと連絡取ってるんだ」 「連絡っていうか、ふつーにラインですけど」  由幸が送ったメッセージには未だ既読すらつかないのに、上野とはやり取りをしているんだ。そう思うと、嫉妬みたいなモヤモヤした感情が渦を巻く。 「最近毎日、午前中には帰宅できるらしいんで行ってみたらいいじゃないですか」  上野はあっけらかんと笑って言う。しかし由幸は首を横に振った。  奏は完全に由幸のことを無視している。そんな彼の前に、どの面下げて会いに行けというのか。 「あの……、向井さんって」  上野はじっと観察するように由幸を見た。 「いい受けになりそうですよねえ~。まぶた、よく見たら腫れてますよ。八千代くんとケンカして泣いちゃったんですか」  確かに昨夜泣いた。泣き疲れていつの間にか寝てしまっていたのだ。何とも答えられずにいると、上野に背中を勢いよく叩かれた。 「もうっ! 向井さん! 元気出してくださいよ。一人でイジイジ泣いてるくらいなら行動しましょうよ!」 「行動って……。八千代くんは俺に会いたくないと思う」 「大丈夫、大丈夫。今が一番悪い時期だとしたらこれ以上悪いことは絶対に起こりません! もし迷惑だったとしても行動しないと何も変わらないと思います」  上野はカラリと大きく笑う。 「なんでそう言い切れるの……」 「はあ?だって」  腐女子のカンです、上野はことさらはっきりと言い切った。

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