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第41話

 翌日、『腐女子のカン』とやらに背を押され、由幸は奏の高校の最寄り駅で電車を降りた。  駅前のロータリーを見渡せるコーヒーショップに入り、路面に面した席に座る。路面に面した壁は全面ガラス張りで、駅前の様子がすっかり見渡せた。  ちびちびと冷めたコーヒーを舐めながら一時間ほどその席で粘っていると、制服姿の高校生がパラパラと目立ち始めてきた。その制服姿に奏の姿はないか、由幸は一生懸命目をこらす。  すっとした立ち姿。黒い大きなリュック。迷いのない歩き方。 「ほんとに……来た」  帰宅時間なのだから当たり前だが、一生奏に会えないような気すらしていた。久しぶりに見る奏は、同じ格好をした学生達に紛れていても、由幸の目には特別に見えた。  急いでカップを返却し店を出る。ほんの一秒すらも奏から視線を外すのが怖かった。 「八千代!」  可愛らしい声が奏の名を呼び、由幸は反射的にその声の方へ振り向いた。  柔らかく肩にかかる髪、メイクをしていなくても健康的に光を帯びた肌、血色の良いピンク色の頬、つやつやとした唇。ぱちりとした二重がすごく愛らしい。 「八千代、一緒に帰ろ?」  溌剌とした印象の、可愛らしい女子高生が奏の服の裾を引っ張った。  あまりにもお似合いのふたり。  そのままそんなふたりを見ていられなくて、奏に声をかける勇気は消え、由幸はふたりに背を向けた。奏の声が聞こえる。何を喋っているかはわからないけど、時々笑い合う声が混ざる。  耳に意識が集中する。  あのふたりは何を話している?何で笑っている?もしかしてあの子が告白してきた女の子だろうか。  何をどう考えても、由幸に一分の勝ち目なんてない。  気持ちを落ち着かせるためにゆっくりと息を吸った。帰ろう。もう黙って帰ろう。上野にはやっぱり行かなかったと言えばいい。  地面に靴底が張り付いてしまったかのように足が重い。重ったるい足を引きずるように動かし、駅へ向かおうと方向を変えた。  視線を駅に向けた瞬間、奏が由幸を見ているのに気がついた。パチン! と火花が散ったかと思うほど、奏の強い視線が由幸を貫いた。 「向井さん」  唇が由幸の名前の形に動く。声は届かなくても見慣れた動きをする奏の唇。  見つかった。  由幸を強い後悔が覆い被さり、さっと奏に背を向け一番近くに停まっていたバスに飛び乗った。由幸が空いている席に座るのを確認して、プシューとドアの閉まる音がした。  じっと自分の膝頭を見つめる。  怖くて、窓の外なんか見られなかった。

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