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第42話

 行き先も確かめずに乗ったバスはぐるりと住宅街の中を回って、ひとつ隣の駅前に到着した。電車で行けばたった五分足らずの距離、由幸は二十分もバスの座席に座っていた。  バスのロータリーから大きな商店街が続いていた。ふらりと誘われるように由幸は商店街へと足を進めた。  昔ながらの総菜屋や肉屋、おしゃれな輸入雑貨の店にベーカリー、新旧様々な店が軒を連ねている。美味しそうな食べ物の匂いにつられ、くうっと腹の虫が鳴いた。そういえば朝からコーヒーしか口にしていなかった。  こんな時でも腹は減るものなんだなあと辺りを見回す。目に飛び込んで来たのは、白いチョークでメニューが手書きされたカフェの看板だった。  ランチメニューは好きなサンドイッチを選べてスープにドリンクもついて八百円。プラス二百円でデザートがつく。  軽く胃に何か入れるのにはちょうどよさそうだ。由幸はふらりとその店の扉を開いた。  パストラミサンドイッチにミネストローネ、プラスのデザートはチーズケーキを選んで注文した。フォトジェニックとは無縁そうなシンプルな焼き菓子がやたらと美味しそうに見えた。  二人がけの席につく。客は地元の人間が多いのか、とうに定年を過ぎた歳のおじいさんや近所の大学の学生達で半分以上の席が埋まっている。隣のテーブルには男子高校生二人組が座っていて、奏と同じ制服にドキッと体がこわばった。  奏ではないけれどつい二人を観察してしまう。からかいあう口調やボディタッチ。きっと奏なら『デキてる』と断言するのだろう。  気がつけば、料理をシェアしている様子をジロジロと不躾な視線で見てしまっていた。そんな自分にハッと気づき、すかさず視線をテーブルの上に戻した。  すっかり体に染みついた習慣。向かいの席に奏がいないことが不自然に感じる。  コトリ、と小さな音を立て、視界の中心にコーヒーカップが現れた。白いふわふわの泡にいびつなスマイルマークが浮かんでいた。  小さな子供が一生懸命描いたようなにこにこ笑顔に、可愛いなと笑みがこぼれる。 「ありがとう」  見上げると、目つきの鋭いド金髪の店員が銀の盆を持っていた。一瞬ヤンキーかと思って身構えたが、接客スマイルを浮かべた顔は意外と幼くて可愛い。奏が言うところのギャップ萌えというやつだろうか。 「これ、君が描いてくれたの?」  由幸はカップを指さした。店員は少しためらいがちに、「元気出るかと思って」と言われドキッとした。まさかカフェの店員にも気づかれるくらい落ち込んでいたのだろうか。 「ありがとう。元気出そう」  由幸が言うと、店員は少し嬉しそうに料理を並べてキッチンへと引っ込んでいった。  泡に浮かぶゆがんだスマイルマーク。まるで今の自分の顔をそこに映しているかのようだった。

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