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第43話

 帰りの電車の車中で、由幸は気まずい気持ちと格闘していた。  なぜあんなに動揺を露わにしてしまったのだろう。冷静に考えてみれば、逃げるように奏の前から立ち去る必要はなかった。たまたまこの駅に来たんだと、いくらでも言い訳ができたはずなのに。  あからさまに挙動不審な態度を取った自分が、あまりにも愚かすぎて頭を抱えたくなる。 「あー……」  後悔が声に出てしまい、隣に座っている乗客に変な目で見られてしまった。本当に今日の自分はどうかしている。  それでもいつもの風景が見えてくると、もうなるようにしかならないという開き直りの気持ちが大きくなる。とにかくまっすぐ家に帰り、今日一日は引きこもって過ごそう。  どうせ奏は由幸に会いになんか来やしないんだから。  とぼとぼと帰路を歩き、やっと自宅のマンションにまでたどり着いた由幸はギクリと肩を揺らした。マンションの入り口に奏がじっと立っていたからだ。  あれだけどうにでもなれと思っていても、やはり実物を見ると激しく動揺してしまう。奏の方も由幸の姿を発見したらしく、大きな歩幅で由幸へ駆け寄ってきた。 「向井さん」 「八千代くん……」  駅前で見かけたままの黒いリュックに制服姿。 「もしかして……、あのままここに来たの?」  あれから二時間以上も経っているというのに。ずっとここで待っていたのだろうか。しかし奏は由幸の質問には答えなかった。 「部屋、入れてくれますよね」  堅い口調で問い詰めるように言われた。  いつもなら勝手知ったる状態でさっさとソファーの定位置に腰を下ろす奏が、今は待てと言われた犬のように部屋の入り口でじっと突っ立っている。 「どうぞ……」  由幸がすすめてやっと奏は部屋に入った。 「向井さん、今日は何であそこにいたんですか。今までどこにいたんですか」  直球で投げつけられた質問はまるでデッドボールのように由幸の痛いところをまっすぐにつく。 「隣の駅の商店街に」 「あそこからバスでわざわざ? 電車で五分もかからないのに」  いつになく強い眼孔は、本当のことを言えと訴えかけてきた。まるで尋問されているような気になってくる。なぜ自分だけがこんなにも責められなければいけないのか。あの駅に自分がいたらだめなのか。  元はと言えば奏が。 「じゃあ八千代くんはなんで俺のこと無視したんだ!」  由幸は怒鳴った。家族以外に怒鳴ることなんて生まれて初めてで、自分の中にこんな激情があることに驚いた。 「上野さんにはちゃんとメッセージ返してるくせに! なんで俺のは見もしないんだ!」  一瞬、奏の目がうろっと泳いだ。やっぱり後ろめたい気持ちがあるんだと思うと、更に腹が立ってくる。 「なんで!」  怒りながら、そんなにも嫌われてしまったのかと悲しかった。視界がどんどん涙でぼやける。

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