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第48話
奏は肩を落とし顔を伏せた。やはり由幸の言葉は奏を傷つけていたのだ。奏は由幸を試し、由幸は自分の保身から奏を傷つける。これじゃあまさにBLのこじれ展開だ。
「ごめんね……。俺も……、俺も好きだってはっきり言えばよかった。八千代くんに気持ちがバレるのが怖くてあんなふうにしか言えなかった……。本当にごめん」
由幸はそっと奏の手を取った。奏は切なそうに由幸を見ている。その瞳を見ていると、なぜすぐに素直になれなかったのかと辛くなる。きっと由幸の片想いだったとしても、奏は嫌わないでいてくれたと思えるのは、二人の気持ちが通じ合ったから思えることなのだろうか。
「向井さんはやっぱりうさぎ国の王子さまに似てる」
「へ?」
突然、奏は真剣に意味のわからないことを呟いた。
「うさぎ……の王子さま?」
「いえ、うさぎ国の王子さまです。俺が初めて買ったBLの受けです。俺のラインのアイコン、あれがうさぎ国の王子さまなんですけど」
ピンク色の毛並みにきりっとした男前の瞳、口は薄く微笑んでいるところが妙に不細工だと思っていた。あれのどこが自分に似ているというのだろう。
しかし奏はやたらにこにこと嬉しそうにしているので反論する気にもなれない。
「あのうさぎ、人間界に修行にやってきたうさぎの国の王子さまなんです。もちろんこっちでは人間の姿に変身してるんですけど。そこで初めて会った男の子と恋に落ちるんです。その王子さまは正に俺の理想の受けなんです。いつもは賢くて優しくて清廉潔白なのに……、そのえっちの時はもうエロくてエロくて……。白状すると、俺、そのシーンに向井さんのこと重ねて見てました……」
奏はもじもじと俯き加減で指先をいじっている。そうか、彼とつきあうということの先にはそういうことがあるんだ。
今まで少女漫画のようなふわふわとした恋愛観を奏との間に持っていた。それが一気に生々しく感じる。でもそれはちっとも嫌なことではなかった。
「八千代くん……」
今日泊まるよね、と由幸は奏の肩に頭をもたれかけた。
「向井さん」
「うん」
「明日って二十四日の土曜ですよね」
「ん……」
そう明日はクリスマスイブの土曜日だ。由幸の仕事は休み。いつもの土曜の休日がとてもロマンティックな一日になるかもしれない。
しかし。
「明日は二十五日発売のコミックが前倒しで発売になるんです! やばい……、寝なきゃ……。向井さん、明日は朝イチで本屋に行きますよ!」
奏は真剣な顔で由幸に訴えかけてきた。
「んふっ……。ふふふっ……」
そう、こういう奏も由幸が好きな奏なのだ。
「ほらほら、日付が変わる……! 風呂は朝入ればいいですよね! 向井さん、寝ましょう!」
奏にベッドへと背中を押されながら由幸はこっそり安堵の息を吐いた。何だかんだ言いながらも、ちょっと男同士の初めては怖かったのだ。それでも繋がりたいと思ったのも本当。
急に背中を押す力が弱まり、由幸はちらりと振り返った。
「向井さん……、今日は、一緒に寝てくれるんですよね……」
不安げに揺れる奏の瞳。ここのところずっと奏を避けていて、もう一緒のベッドで眠ることなんてなかった。
「ん、もちろん……。それより歯磨きくらいはしなきゃね」
今度は由幸が奏の背を押し洗面所へ向かう。
「あー、俺、やばいっす」
「ん?」
「俺、幸せすぎてやばいです……。だって明日の新刊は二年ぶりに出る続刊だし、今夜は向井さんと眠れるし」
奏の横顔はこれ以上ないくらいデレデレとやに下がっていた。
「じゃあこれは?」
由幸はチュッと可愛い音を立て、奏の頬に口づけた。
「あー……! もう最高!BLの神様ありがとう! って感じ……」
両の手のひらを頬にあて、奏は乙女のようにうっとりしている。
BLの神様ありがとう。
よくわからないけど、由幸も心の中で感謝した。
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