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第49話
10.
「八千代くん、起きて。今日は一限からでしょ」
キングサイズのベッドの上、由幸の隣で丸まっている塊を揺らした。しかし塊はうんともすんとも返事をしない。仕方なく、由幸はベッドから抜け出て遮光カーテンを開けた。
春と初夏の狭間のこの時期、窓から射し込む朝日が清々しくて気持ちいい。
「八千代くん!」
由幸は眠り続けている奏の上に勢いよくダイブした。ぐえっというカエルが潰されたみたいな声が、布団の中からくぐもって聞こえる。
「む、無理……」
「八千代くーん、すっごく晴れてて気持ちいいよ。さっさと起きなよ~」
どれだけ起こしてもびくともしない布団の小山を横目に、由幸は軽くため息をつきキッチンへ向かった。
今朝の朝食は簡単にトーストとベーコンエッグ、それとトマトを四つ切りにしたものを用意することにした。トマトとベーコンはいつも冷蔵庫に常備しているから、明日はピザ用チーズを買ってピザトーストにするのもいい。
以前は面倒くさくてコーンフレークやグラノーラ程度の朝食が、二人分となるとなぜか俄然と作る気になれる。
「八千代くん! パン焼けるって!」
香ばしいトーストの匂いに誘われてか、奏はやっと起きてきた。
「うー……、ねっむう……」
つきあい始めてからわかったのだが、奏はかなり寝起きが悪い。目はほぼ糸のように開かないし、後頭部の髪の毛は鳥の巣みたいにクチャクチャだ。
「ほら、顔でも洗って着替えて来なよ」
由幸は視線で促した。
洗面所には奏の歯ブラシ、クローゼットには奏の私服がちゃんとしまわれている。壁の埋め込み式の本棚には奏の愛蔵書が並び、ちょこんとピンク色のうさぎのぬいぐるみが鎮座している。
奏の私物が少しずつ増えるたびに、まるで半同棲をしているようだとじわじわ感じていた。今までここまで自分のスペースに踏み込むことを許した恋人はいない。
四月から奏は大学に通っている。友達つきあいとバイト、それに学業。忙しい合間をぬって奏はこの部屋へ通っていた。高校生の頃もちょくちょく遊びに来ていたが、今はその比じゃないくらいここで過ごしている。
親御さんに申し訳ないなと思いつつ、由幸はそれを喜んで受け入れている。
しかし、奏の親はあまりうるさく言わないのだろうか。女の子ならきっと連日の外泊を口うるさく注意するだろうが、そこはやはり男子、うるさく言うと余計に反発すると諦めているのだろうか。
まさか奏だって、「男の恋人の部屋に泊まりまーす」なんて言えるはずもないだろう。そう考えると男同士の恋愛ってちょっと障害があるものなんだなあと改めてわかる。
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