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第52話

 桜が咲けば花見にも行ったし、奏の大学入学祝いにちょっとおしゃれなレストランにも連れて行った。それらは全て楽しくて、とても良い思い出にはなったと思う。  でも奏との関係は、いつまでたってもキス止まりだった。  さすがの由幸も、ちょっとおかしいなと思い始めた。いくらなんでも遅すぎやしないか。キスだって唇の表面をくっつけあうだけの可愛いものだし。  奏はいつもチュッと啄むようなキスをする。チュッチュ、チュッチュと何度も繰り返されていると、もしや奏は小鳥の生まれ変わりなのではとすら思えてしまう。  それほどにバードキスは飽きることなく仕掛けてくるのに、それ以上を奏は求めない。でもちゃんと奏からの『好き』は伝わってくる。  もしかして奏はかなりの草食系なのかも、と由幸は戸惑った。だから肉体的なアレコレは二人の関係に求めていないのか、と。  でもあいかわらず奏の読むBLコミックは絡みのシーンがものすごくて、最近では「ある程度のエロがないとものたりない」なんて言ってくる。  奏の実生活にはある程度どころか一ミリのエロもないのに。  そんな悶々とした悩みに頭を抱えていたある日、奏はいつも通り由幸の隣でBLコミックを読んでいた。突然、ボフン!と派手な音をたて、奏は枕に顔を埋めた。 「え、何?」  どうせまたクるシーンがあったのだろう。興奮すると奏はいつもこんな感じなのだ。 「んも~……! すんげえ、いい!」  奏は手にしていたコミックを差し出した。  BLコミックの帯にはその作品の情報がぎっしり詰め込まれている。『わんこ部下×潔癖男子』だの『とろとろに蕩けるエッチ』だの煽り文句と共に、受けの『蕩け顔』がデザインされていた。帯を見るだけでサラリーマンものの年下攻めだとちゃんとわかる。 「なんだか似たような話、前も読んだな……」  とりあえず最後まで読んでみたものの、もうお決まりといった展開しか起こらない。お互いを知るうちにどんどん相手を意識していき、ちょっとした勘違いで拗れ、結局はハッピーエンドの描き下ろしエッチ。由幸からしたらどれもこれも同じ話としか思えない。 「同じじゃないでしょ! ていうか同じシチュエーションだとしても描き手によって萌えポイントは違うじゃないですか!」 「へー」  由幸は気の抜けた返事を返した。それが気にくわなかったのか、奏はコミックを横から取り、お気に入りらしいページを開いた。 「これ! この作家さんはとにかく下着姿を描かせたら神がかり的にエロいんですよ! この上司、会社ではクールで潔癖って感じなのによーく見てください! 脱ぐとこんな下着履いてるんですよ!? もう何これ嘘でしょ?って感じじゃん。こんな顔してめちゃくちゃエロい下着履いてるなんて……まじ天使! 最高! 可愛い! スキっ!」 「へー……」  確かに改めてよく見ると、受けはものすごい下着を履いていた。びっくりするくらい小さくて、こんなんじゃ下着の役目を果たさないんじゃないかと思うくらい。 「あはっ、何これ~。こんなのどこに売ってるんだろね。ていうかこれじゃあ大切なとこ、おさまりきらないじゃん?」  まるでファンタジー。こんな下着を履いているのはボディビルダーくらいじゃないか。

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