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第57話
「じゃあお母さんは反対してないんだ?」
「はい。結構単純な人なんで、裏表なく向井さんのことを一回見たかっただけだと思います」
由幸はほっと胸を撫で下ろした。次回会えることがあるならば、もっと最善の対応をしようと誓う。そしてもう一つ、件の女子高生のことを思い出した。
「あのさあ、八千代くんは漫画買う時、どうやって内容を確認してる? 地雷とかは絶対避けるようにしてるって言ってたじゃん」
奏の情報収集力は優秀だ。たまにまさかの死ネタにぶち当たって奏自身が死人みたいになっているが。でもほとんどのコミックを、大まかにではあるがカップリングとあらすじ程度の内容は常に把握してから買っている。
「え、普通に新刊なら出版社のSNS、もう出てるやつなら電子の試し読みとかですかね……。てか、急にどうしたんですか。向井さん、気になる本でもあるんですか」
もしや新たなお仲間かと奏は期待に満ちた目で由幸を見た。
「うーん……。ちょっとお客さんから問い合わせがあって」
ストーカー云々のくだりは飛ばしてざっと奏に説明する。確かに最近の電子コミックは一話無料や試し読みができるから、あの子も奏みたいにすればいいのにと思う。
それともやはり上野の言うとおり、由幸を困らせる事が目的なのだろうか。
食事が済むと並んで帰路についた。ゆるゆると坂を登る。十分程度の道程は二人だったらあっという間だ。
「八千代くん」
マンションのエントランスで由幸は改まって奏に向き合った。
「これ、もらってほしいんだけど」
ポケットを探り、グーの形の手を奏に向かって突き出した。開いた奏の手のひらにポトリと小さな贈り物を落とす。
「これ……」
「ん……」
由幸ははにかんで奏を見つめた。贈り物は自分の部屋の鍵だ。
いつもいつも仕事が終わるのを奏が待ってくれているのを申し訳なく思っていた。本当はもっと早く渡したかった。でも照れくさくていつもポケットに忍ばせていただけ。
しかし今日、奏の母親が公認していると知った。許された気がした。だから今日、奏に鍵を贈ることにした。
いつでも奏がいたい時に部屋にいて欲しいなんて。自分の部屋の鍵を恋人に渡すなんて、生まれて始めての決意だった。
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