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第59話

「大丈夫。誰も俺達のことなんて見てないから」  指の間に奏の指が入って絡んだ。つきあって、初めての恋人つなぎ。しかも奏は指の腹で由幸の肌を撫でてきた。 「さすがにこれは……」  照れて腕を引いたが、奏の指はしっかり絡んで離れない。溢れかえる人混みの中で、由幸の全神経は繋がれた手に向かって集中していく。  ぎょっとするような萌えキャラがプリントされたシャツやバッグを身につけた人。ガードレールにもたれ、アイドルの生写真を交換する中学生。久しぶりに見るメイド服。両手に家電の入ったダンボールを担いで歩く外国人。  多種多様な人達の中で、由幸は奏だけを見ていた。すれ違う人達は風景と同化し、水彩画のようにぼんやりと輪郭を失っていく。その中で奏だけが特別に輝いて見えた。  きっと歩道に溢れかえる人達も由幸達のことなど全く意識していないのだろう。こんなに堂々と手を繋いでいるのに、誰もが自分達のことに夢中のようだ。きっとあの人達から見たら、由幸も奏も水彩絵の具で描かれるぼんやりとした絵の一部なんだろうなあ、と思った。  由幸は奏の手を引っ張った。 「何?」 「もっと……、隣に並んで歩きたい」  この街でなら素直に言うことができた。人の流れの中、立ち止まれはしなかったが、奏は歩くスピードを緩め由幸に寄り添うように距離を詰めた。 「俺、歩くの速かったですね」 「ううん。じゃなくてら、俺が隣を歩きたかっただけだよ」  由幸の素直な言葉は奏の唇を綻ばせた。  しばらく通りを進むと、奏がふいに立ち止まり、ここが目的の店なのかと由幸は縦長のビルを見上げた。ビルの看板には店のキャラクターらしきイラストが描かれていた。フロアごとに扱うジャンルが違っているようだ。 「うわー。俺、こういうとこ始めて」  由幸は入り口から奥をのぞき込んだ。休日ということもあり、店内はそこそこ客が入っている。DVDやゲームらしきケースが並べられた一階。それほど間口は広くなかった。  奥に進もうとする由幸の腕を奏に引かれ立ち止まる。 「一階には用はないんで」 「あ、そうなんだ」  もの珍しくてキョロキョロと辺りを見回しながら、奏に続いて小さなエレベーターに乗り込んだ。奏は迷うことなく階数のボタンを押す。五、六人も乗ればギュウギュウになりそうな小さな箱は四階へと向けて上昇した。

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