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第60話

「うわあ」  エレベーターの扉が開くとすぐに売り場だった。もう全てがBL、BL、BLの一色だ。こんな狭い空間に多種多様なBLコミック、小説、CDがめいいっぱい並んでいる。  そして客層は女性ばかり。店員だって女の子だ。 「すごいね……」  かなりの場違い感を感じながら、由幸は小声で囁いた。しかし奏からの返答はない。視線を店内から奏の顔へと移すと、なぜか奏の唇がモゴモゴと蠢いていた。 「どしたの……?」 「なんか……、こうやってふんばってないとにやついちゃうんです……。嬉しすぎて……」  モゴモゴと動く唇は、どうやら必死ににやけるのを我慢していたせいらしい。真一文字に引き結びたくても、あまりの嬉しさからゆるゆると口の端が解けていくようだ。  こそこそと目立たないように会話をしているつもりだったが、由幸達の話し声が耳に届いたのだろう。BLコミックを試し読みしていた女の子達が、バッとこちらに振り向いた。  女子の視線はまず由幸達の顔面へと向けられ、そして今も繋ぎっぱなしになっている手へと下がっていった。彼女らはハッと息を飲んだ。そして互いに視線を絡ませあって合図した。  一瞬の動揺の後、彼女たちは何事もなかったかのように手元のコミックへと視線を落とす。 「……八千代くん、手……」  人混みの中では誰にも注視されることはなかったが、さすがにこの小さな狭いフロアでは目立ってしまう。残念だけど、手を離すしかない。 「残念だけど、俺たちも試し読みしなきゃいけませんもんね……」  由幸の意図とは全く違う解釈をして、奏の手はするりと離れていった。  平台に並ぶ本は一話分のみ試し読みが出来るよう、ビニールがけがしてあった。 「向井さんはどういうのが好きですか?」  由幸も最近は奏の買ってくるコミックを少し読むようになった。元から漫画を読むのは好きだし、やっぱり奏の好きな物を共有したい。 「うーん。いい話のやつ…。前に八千代くんが持ってきた幽霊のもすごくいい話だったよね。ああいうのすごく感動する」  奏がバッドエンドと同じだ、といっていた、最終的に幽霊の攻めが成仏してしまう話。あれはストーリーも伏線もしっかりしていて面白かった。 「そうですか」  奏がにこっと笑いかけてきたので、由幸も同じように笑った。しかし次の瞬間。 「もうあんなのは二度と買いませんけどね」  奏の笑みは一瞬にしてかき消えた。いまだにあの終わり方を引き摺っているようでおかしくなる。奏は近くにあった新刊を手に取って由幸に見せてきた。 「これ、向井さんに似てますよね」  表紙からしてそれは学園ものらしく、制服姿の可愛らしい男の子がイケメンに抱きしめられていた。 「えっ、どこが?」  自分はこんなに女の子みたいな顔じゃない。由幸は目を瞠って奏を見上げた。

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