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第61話

 奏と顔を寄せあい、表紙にかかる帯を見る。 「ふっ…。ドS彼氏だって……! 向井さんに似てるのはこっち。このドS彼氏」  言われてみれば、似てるような、似てないような……。可愛い系の男の子を、キラッキラのハンサムが抱きしめている。  奏はパラパラとページをめくった。さっそく冒頭から絡みのシーンが繰り広げられている。可愛い系男子が、ドS彼氏に攻められて涙ぐんでいた。 「ぷっ。はははっ!」  奏がこらえきれない様子で吹き出した。 「えっ? 何?」 「だって……! 向井さんがドS攻めなんて……。向井さんは『受け』なのに!」  一瞬、売り場の空気がどよめいた。  どよめく、といっても誰ひとり、ひと言も言葉を発していなくて、ただ奏の声だけがフロアに響いた。しかしその声に、周りの女の子たちが集中したのがわかる。  奏の向こうで本を手にしている女の子はピクリとも動かなくなったし、棚の向こうにいる女の子たちはその場で俯いたまま肩を震わせている。  この売り場の女の子たちも、奏と同じくかなり優秀な腐センサーを持っているようだ。 「や、八千代くん…。そういうのは…」 あんまり大きな声で言わないでほしい。いや……、奏は別に特別大きな声で喋ったわけではない。このフロアで声を発しているのが奏ひとりだというだけだ。それゆえに奏の声は隅々まで伝っていく。  優秀な腐センサーの持ち主である奏は自分たちのことには疎いらしく、「どうして?」と不思議そうな顔をこちらに向けた。そして、持っていた本を戻した。 「か、買わないの?」 「はい。なんだか向井さんを想像して読んじゃいそうなのでいいです」  くすりと笑い、奏は他の平台へと移動した。由幸もそれについていく。  すると今まで由幸達がいた平台に、すばやく二人連れの女の子がやってきた。奏が見ていた本を手に取って中身を確認し始める。  あー、これは。きっと先ほどの奏の発言を確認しているのだろうな、と由幸は思った。奏も他人事なら、きっと同じような行動を取っているだろう。いつも自分が発揮している腐センサーを、まさか奏は自分たちに向けられているなんてちっとも思っていない様子だ。  それよりも、せっかく専門店に来たというのに奏は試し読みばかりで他の本を買う様子は少しもない。うさぎ国の新刊は、予約控えをレジに渡せば受け取れるそうだ。 「八千代くん、他に買わなくていいの?」  奏は緩く首を横に振った。 「買うなら、向井さんとこで買います」 「えー……。せっかく来たのに。……じゃあ俺、買っていこうかな」  由幸は手近にあった一冊を手に取ってみた。 「えっと…。幼なじみ、だって。八千代くん、こういうの好き?」  中身をパラパラと確認してみる。とても可愛らしい絵柄で、少女漫画のようだ。 「向井さんは苦手でしょう?」  確かに由幸は少女漫画は苦手だった。 「八千代くん、俺にも読めそうなのおすすめしてよ」  由幸は本を戻し、奏に笑いかけた。奏は棚と平台を交互に見ると、平台に積まれている一冊を手に取った。

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