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第62話
「これなんかどうかな……。裏社会モノで、絵柄も男でも抵抗なく読めるし。俺はこういうの苦手なんで買ってないんですけどすごく人気があるんですよ」
はい、と手渡され、由幸はページをめくった。
「あ……、いいね。好きかも。」
表紙のデザインからして渋く、キャラクターはキラキラお目々などではないし、登場人物もかっこいい。由幸はすでに発売されている三巻までをまとめて手に取った。
「三巻まで買うんですか?」
「うん。八千代くんは本当にいいの? 本当に俺に気を使わなくていいから、今日の新刊とか買ったら?」
由幸がすすめると、奏は新刊の平台へ移動した。
「これ、八千代くんの好きな感じだね。あ、ペーパーついてるよ。せっかくだから……ね?」
奏の顔をのぞき込みそう言うと、奏は照れ笑いを浮かべ「じゃあ買おうかな」と何冊か手に取った。二人でレジへと進むと、奏は予約控えを取り出した。
受け取った店員は足元のダンボールから予約の商品を取り出した。完全予約限定版のそれはなかなかの数が用意されている。さすが専門店だけあって、由幸の店舗に入荷する数とは比べ物にはらない。
「これ、開けたいんでハサミか何か貸して下さい」
奏は商品を受け取ると、店員に言った。店員からカッターナイフを手渡され、由幸が会計をしている間、奏はごそごそと限定版の封を開け始めた。由幸が釣銭を受け取る間に、限定版もふもふプリンスICカードホルダーは奏の黒いリュックにぶら下がっていた。
「ふっ……」
つい由幸は笑ってしまう。変な顔のうさぎだと思っていたが、奏のリュックにぶら下がっているとなんとも愛嬌があるように見えた。
「八千代くん、それつけて歩くの?」
「はい。やっぱり向井さんそっくり」
奏はキラキラの笑顔でそう言った。ぷっ、と小さくレジの店員が笑うのが聞こえた。ちらりと見ると、彼女は頬を染めて由幸たちをそっと見ていた。
というか、フロアの女の子たちが由幸たちの動向を見守っていた。
「……八千代くん、行こっか。」
何ともいたたまれない気分で、由幸は奏の腕を引いてエレベーターへと乗り込んだ。
***
「向井さん、映画行きませんか?」
小さな路地を入ったところにあるカウンターだけのカレー屋で昼食を食べていると、奏が由幸を誘った。
「いいけど。今、何やってるんだっけ」
「向井さん、何か観たいのありますか
「……八千代くん、観たいの決まってるんじゃあない?」
隣からのうかがうような視線に、由幸はそう言った。奏はリュックからチケットを取り出し見せてきた。それはペアチケットだった。
「アニメ?」
二枚綴りの前売り券。一枚ずつに学ラン姿の男子高校生がプリントされている。その二人の男子高校生はまさに恋人同士のごとく、見つめ合うようなデザインになっている。
「あれ、これって」
そのキャラクターに何となく見覚えがあった。奏の超オススメのBLコミックだ。高校生の淡い初恋を描いたもので、シリーズ化もされている。
さっき入った専門店でも『祝映画化』とコーナー展開されていた。
「いいよ。行こうか。近くの映画館でやってるのかな?」
由幸はナプキンで口を拭きながらそう言った。
「これ、ちょっと限られた劇場でしかやってなくって……。やっぱいいっす。移動とか面倒くさいですもんね」
奏は申し訳なさそうに言い、チケットをリュックに戻してしまった。由幸は慌てて、奏の裾を掴んだ。
「え、なんで? 行こうよ。まだお昼だし。それに……」
由幸はふと、言い淀んでしまう。口をついて出ようとした言葉が、少し、いやとてもこそばゆかったからだ。
顔をテーブルに向け、水を飲もうとすると、奏がぐいっと肩を寄せてきた。
「それに?何ですか?」
「あ……」
「何ですか……?」
少し不安そうな表情を奏は浮かべた。
「教えてください……」
「その……、それに、……デートっぽくって楽しいな、と思って……。映画とか電車で移動するのとか。初めてでしょ、こういうの」
カアッと頬に熱が集まるのを由幸は自覚した。いい歳した男が、何を言っているんだか……。まるで女子中高生の読む少女漫画じゃないか。
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