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第63話
横顔に、奏の視線を痛いほど感じた。
呆れているのだろうか。奏より年上のくせに、こんな乙女みたいなことを言う由幸に。奏は何と思っただろうか。
言ってしまってから、激しく後悔した。
いつものように『向井さん、女の子じゃないんだから』、そう笑い話にしてくれればいいのに奏はひたすら無言だった。
ただただ自分が発した言葉に恥ずかしい気持ちが募っていく。由幸は恐る恐る顔を上げ、奏を見た。
奏の、頬が、耳の縁が、濃い朱に染まっている。その瞳が、由幸を熱く見つめていた。
「嬉しいです」
ぽとんと落ちるように呟かれた声は、表情は、由幸のことを少しも馬鹿にすることなくちゃんと喜びの色が滲んでいた。
奏と一緒だと、車窓の外を流れる景色がいつもと違って見える。車内はそこそこ人が乗っていて、二人はじっと窓の外を見つめた。
「向井さん」
「ん?」
「楽しいですね」
奏は微笑んで由幸を見ていた。
「うん」
由幸も思わずはにかんだ。奏が自分と同じように感じているのが嬉しい。つい最近まで、キス以上を求められなくて不安だったのが嘘のように、ただ肩を並べているだけでこんなにも幸せだ。
二十分ほど電車に揺られ、由幸たちは目当ての駅で下車した。
映画館に入り、前売り券をカウンターで渡して席を指定する。
「向井さん、どこがいいですか?」
「真ん中なら後ろの方でもいいよ」
一番見やすい中央辺りの列はもうすでに埋まっていて、後列の席を指定した。
「ふふ」
奏が小さくわらったので、由幸は顔を上げた。
「楽しみですね」
前売り券に唇をあて、奏は微笑んでいた。その笑顔がとてもきれいで、由幸は無言で奏を見つめた。
「向井さん?」
奏が首を傾げ由幸を呼んだ。
「あっ。うん。そだね」
奏の笑顔に見惚れていたのを悟られたくなくて、由幸は慌ててそう頷いた。
スクリーンに入ると、観客はほとんど女性ばかりだった。しかしちらほらと男性の姿も目立つ。BLだからといって、観客は必ずしも腐女子ばかりではないようだ。
ゆっくりと辺りが暗闇に満ちた。
「向井さん」
耳元に奏の息がかかる。
「んっ……」
周りに人がいないのをいいことに、奏は由幸にキスをした。音もなく唇をキュッと吸われる。
「……あ、はぁ……」
由幸は思わず、甘い吐息を漏らした。スクリーンには他作品の予告が流れている。その明かりに照らされる奏の顔は、蕩けるような笑みを浮かべていた。
本編が始まると奏は何事もなかったかのように前を向く。由幸も高鳴る鼓動を抑えつつ前を向いた。
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