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第64話
淡い色使いの美しい映画だった。色の淡さが、キャラクター二人の淡い恋心を引き立てていた。
絡みはなくキスシーンだけだったが、それだけでも胸がどきどきした。もしかしたら、唇に残るキスの名残が胸を高鳴らせていたのかもしれない。
スタッフロールが流れる中、由幸はいつまでも画面を見続た。
隣で奏の体が揺れた。帰り支度を始めたのかと思い、由幸も立ち上がろうとした。
急にグイッと奏の手に首筋を掴まれバランスを崩した。
「……んくっ」
ヌルリと、奏の舌が、由幸の唇の合わせをこじ開けて入ってきた。ちゅくり、と小さく水音がした。ぬめぬめと口内を奏の舌が暴れてまわる。
由幸は思わず、奏の服を掴んだ。奏は角度を変えながらも、更に由幸の口腔を探っていく。それはエンディングの曲が終わるまで続けられた。
場内が徐々に明るくなり、由幸は目を瞠らせて奏を見つめた。
「……八千代くん…」
こんな深いキスは初めてだった。 奏はじっと由幸の瞳の奥までのぞき込んでくる。
何か言わなければ。そう思ったが、頭が真っ白で由幸はひと言も言葉を発することが出来ずにいた。
ふっ、と奏が笑う。
「向井さん、そろそろ行きましょうか」
気付けば、このスクリーンには由幸と奏しかいなくなっていた。清掃のため映画館のスタッフが入ってきて、まだ残っている由幸たちに怪訝そうな顔を向けた。由幸は慌てて立ち上がり、奏の後に続いた。
半年前より、うなじが男らしく見える。少しずつ大人になったんだな、と思った。
奏があんなキスをするなんて、思わなかった。由幸に何も考える隙を与えないような、そんなキス。夢中にさせるキス。
半年前には想像もつかなかったような、そんなキスだった。
映画館を出た奏は、さっきまでの男の色気はどこへやら、いつもと全く同じ雰囲気に戻ってしまっていた。しかし由幸の方は、いつもと同じ、とはいかなかい。必要以上に奏を意識してしまって仕方がない。
ふとした拍子に指でも触れようものならば、あたふたと挙動不審な態度を取ってしまう。それもこれも、先ほどの奏の色香にあてられてしまったためだった。
啄むようなキスでは感じたことのなかった、奏の雄の部分。もしかして奏も、自分と同じようについにワンステップ先に進むことを決めたのではないだろうか。
ではいつ。いつ、あのキス以上のことを、奏は由幸に仕掛けてくるつもりなのだろうか。そんなことをついつい考えてしまい、由幸は一人どぎまぎとしてしまうのだった。
夕食は奏の要望で由幸の手料理を振る舞うことになった。とは言っても、由幸はそれほど料理が得意ではない。一人で暮らすくらいには不自由しない程度のものしか作れなかった。
今まではそれで良かった。奏は由幸が作るものなら、何でもおいしいと平らげてしまう。
しかしなぜか今日は、新しい料理本でも買ってレパートリーを増やすべきだった、と由幸は後悔した。奏にもっといいところを見せたかった。
かと言って、急に豪華な料理が作れるようになるはずもなく、仕方なしに由幸は奏にリクエストを求めた。
「何でもいいんですか?」
「俺が作れそうなものにして」
奏はうーん、と悩むと「ハンバーグ」と言った。
「ハンバーグ? そんなものでいいの?」
肉を捏ねて焼くだけで簡単に作れる。
「はい。大根おろしとシソをそえて、和風ソースで食べたいです」
ごくり、と奏が生唾を飲み込む音が聞こえた。案外簡単なリクエストに由幸はほっとする。帰りに最寄りのスーパーで買い物をして、由幸のマンションへと向かった。
「向井さん、一緒に作ってもいいですか」
冷蔵庫に材料をしまっていると、奏がそう言いながら由幸の隣へやってきた。
「えっ。一緒に作るの?八千代くん、料理得意?」
「いえ。ほぼ作ったことないです。でもハンバーグは高校の家庭科で作ったことがあって。今日は俺、向井さんと一緒に料理したかったから」
だからハンバーグにしたのだ、と奏は言った。ぽやっとそれを聞いていた由幸の上唇を、奏にちゅっと吸われる。
「んっ!」
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