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第66話
舌と舌を絡ませ合い、合間に歯列をなぞる。上あごを確かめるように舐め、軽く奏の舌を噛んだ。ふるっ、と奏が背を震わせたのが伝わってくる。
名残惜しげに唇を離すと、ペロリと奏の唇を舌先で舐めてやった。
ごり、と腿に奏の昂ぶりを感じた。由幸もしっかり反応していた。
由幸は立ち上がり奏の手を取った。
「ベッド、行こ……?」
興奮をはらんだ流し目で奏を誘った。奏は頬を上気させ、潤んだ瞳で由幸を見上げている。
「しよ……?」
ここで誘わなければ男じゃない。由幸はくっと、奏の腕を引いた。
しかし。
「あのっ……、そう、だ! その、あの、録画見ませんか!? SNSですごく盛り上がってて、今日チェックしとかないと……!」
奏はBDのリモコンを手に取り、起動させ始めた。
「え?」
「昨日の放送、まじヤバかったらしいんです。俺、すごく気になってて」
奏は由幸の部屋のハードディスクにアニメを何本か録画している。主に腐女子が話題にしているアニメばかり。その中の一作がBLじゃないのにガチBLだ、と腐女子たちが大盛り上がりしているのは由幸も知っていた。
職場でも上野が熱烈に話していたし、その作品が表紙の雑誌は飛ぶように売れる。奏と一緒に由幸も観てみたが、腐センサーの全くない由幸にも、あれ?これ、BL?と首を傾げたくなるようなシーンがいくつもあった。
だからって何で……。今観なくてもいいじゃないか。
さっきまでの雰囲気を霧散させるかのように奏は喋り続けた。
「昨日まじ神回だったらしいんです。SNSでも結婚おめでとう、って騒ぎまくってて」
由幸は咄嗟に近くに落ちていたクッションを掴むと、奏の後頭部にめがけ投げつけた。
「あだっ!」
奏は後頭部を押さえ振り返った。
「向井さん…」
奏は由幸の顔を見て、心底弱ったような声を出した。
「何でっ!!」
由幸は本気で怒鳴った。
「八千代くん……! ほんとは男となんかつきあえないんじゃないの!?」
「そんなこと……」
「好きだなんて嘘だろ!! 何で俺のこと抱かないんだよ! 気持ち悪いんだろ!? 男となんか出来るわけないって! 本当はそう思ってるんだろ!!」
由幸は今まで怖くて決して口に出来なかったことを叫んだ。一度言葉にすると、もう止めることが出来なかった。
不安で不安で仕方なかった疑問が口をついて止まらない。
「──八千代くんはさあ! ほんとは女の子が好きなんだよ! 俺とのつきあいなんて勘違いだったんだ! 俺ばっかり君に夢中になって……。ねえ、面白かった!? いい歳した男が、自分に夢中になっていくのはさ! 八千代くんの好きな漫画みたいで滾った!?」
ぼろぼろと涙をこぼしながら、由幸は怒鳴り続けた。
黙ってそれを聞いていた奏の眉間に皺が寄る。不機嫌を全く隠そうとしない。奏は立ち上がり由幸の頬を両手で挟んで潰した。
「うるさい!!」
怒っているのは由幸なのに、何故か奏に逆ギレしたかのように怒鳴られた。言い返したいが、奏の手によって両頬を潰されているので言葉が出ない。
「分かってないのは、ゆきちゃんだ!!」
奏はまっすぐに由幸を睨みつけた。
「俺!! ドーテーなんだよ!!」
部屋中に奏の声が反響する。由幸は怒りも忘れて、ぽかんと口と両目を開いた。
「ど、どうてい……?」
奏の手が頬から離れ、由幸は奏の言葉を確認した。奏は眦に涙を浮かべ、こくりと頷く。
「えっと、どうてい……、ってあれ?その、誰ともしたことがないってやつ……?」
言葉の意味を確認すると、奏は悔しそうにまた頷く。
「え……、童貞、って……。あれ? え? 八千代くん、女の子とつきあってたよね?確か」
由幸がそう言うと、奏はチッ、と舌打ちした。
「つきあってたからって、やるとは決まってないだろ!」
「え、ああ、うん、まあ……」
何だか聞いてはいけないことを聞いたような気になってくる。奏の表情は苦々しかった。
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