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第70話

 もっと、もっと、奏が自分に振り回されて、もっと夢中になればいいのに。そんな酷い考えがちらりと頭の中に浮かぶ。  由幸はペロリと乾いた唇を舐めた。奏からわずかに体を離し、シャツのボタンに手をかけた。  いち、に、さん。三つ目までボタンを開き、服の合わせから手のひらを差し込む。  由幸の手の動きに奏の視線が釘付けになっているのを意識しながら、艶めかしく胸筋を撫で上げた。 「ねえ。ボタン、全部外して」  有無を言わせない命令。奏の手が恐る恐ると由幸のシャツにかかった。しかし震える指先は、なかなか上手くボタンを外せない。  もどかしいその時間が、由幸の興奮をさらに煽る。  なんとか最後のボタンが外され、白い肌が露わになった。 「ここ、女の子にするみたいにしてみせて」  人差し指と中指で淡く色づく胸の先端を挟んで強調した。ゴキュッ、と奏が喉を鳴らした。 「はやく」  由幸が唇に淡い笑みを浮かべ命令すると、奏の震える指がそこをつん、と押す。 「んっ……」  びりっとした刺激に、由幸の唇から吐息が漏れた。全身の神経という神経が、その小さな飾りに集まっていく。 「……もっと」  由幸は奏の首に腕を回し、優しく誘ってやった。 「んっ……、ん、んう……」  奏の舌がぴちゃぴちゃと音をたてながら尖りをなぶる。胸にかかる息が火傷しそうなほどに熱い。 「あ、……もっと」  まるで女の子のように由幸は声をあげた。奏は片方の手をもうひとつの突起に添えた。キュッときつく抓られ、感電したみたいに快感が走った。 「あ、はっ……!」  自分のここがこんなふうに感じる器官だなんて知らなかった。由幸は首を仰け反らせて感じた。閉じきらない口端からは唾液が垂れた。  これ以上はマズいことになるかもしれない。ゆっくりと奏のペースに合わせると決めたのに、一生懸命にむしゃぶりついてくる奏をみていたら──。  誘い受け。その意味が由幸にも何となくわかった。  由幸の奥の雄の部分が、自分の中で快感に身を捩らせる奏を見たいと訴えている。される側なのに、由幸に夢中の奏を見ると、男の本能が満たされる。  自分に夢中になっていく相手を見たいから、それで満たされたいから誘うのだ。  奏が由幸のことを誘い受けと言ったこと。あながち間違いでもないと思った。  もう止まらない。止めることなんてできない。今日はこのまま、奏に全てを曝け出したい。  由幸は流れに身を任せると決意した。ついに今日、奏と初めてするんだ。  奏の髪に指を差し込むと、興奮からしっとりと蒸れていた。 「八千代くん、キス……」  一心不乱に由幸の胸を愛撫する奏。そっとその顔を由幸の方へ向かせた。 「うわーーーー!」  由幸の悲鳴が狭い脱衣所に響き渡る。 「八千代くん!! 血ィーー!!」  とろんとした瞳で由幸を見つめる奏の顔。その口元は鮮血に染まっていた。 「へ? ち?」  奏はきょとんと由幸を見上げている。 「口の周り!! 血まみれ!! どうした!? 何で!?」  顔面蒼白の由幸の目の前で、ポチョリと奏の鼻から血が垂れた。 「鼻血だ!!」  慌てて洗面台からティッシュを取り、由幸は小さく丸めて奏の鼻に突っ込んだ。当の奏は相変わらず、上気した顔で由幸をぼんやり見つめている。

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