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第73話
美歌と呼ばれた女子高生は、気まずそうに由幸を見上げている。
「美歌?」
再び彼女の名を呼ぶと、奏は美歌と由幸の顔を交互に見つめた。
「お知り合い?」
由幸が尋ねると、奏は美歌を指差した。
「あ、妹、っす」
そう言われ改めて見ると、確かにどことなく美歌と奏は似ている。顔の造り、目の形、そしてどこか気まずそうな美歌の表情は、奏が拗ねた時の表情によく似ていた。
「美歌~。向井さんのこと、見に来たの?」
奏は美歌の気まずそうな表情に全く気が付いていないようで、嬉しそうににやついている。
「なあ、向井さん、すごく格好いいだろ?でも惚れても無駄だからな」
そう言う奏の視線が、す、と美歌の手にしているスマホへと移動した。
「……なにそれ?」
奏の視線の先から美歌はスマホの画面を隠すように後ろに手を回した。
「おい、見せろよ?」
「やだあっ」
由幸の目の前で、兄妹によるスマホを巡る攻防戦が繰り広げられる。結局、勝者は体格のよい兄のほうで、奏は美歌のスマホの画面を食い入るように見つめた。
「男子性……徒……? 美歌~、お前、けっこうハードなやつ読むんだなあ……。てか、お前BLとか読まないんじゃなかったっけ? 目覚めた?」
奏はニヤニヤしながらスマホの画面を見つめている。美歌は奏からスマホを引っ手繰るように奪い取ると、即座に制服のポケットへしまった。
「目覚めてないし!」
「え~、でも……」
奏はちらりと検索用のパソコンの画面に視線をうつす。そこにはばっちりと検索ページが開かれており、『男子性徒 在庫 有』と検索結果が反映されていた。
美歌はほとほと弱った表情で、その可愛らしい唇を開いた。
「ごめんなさい……」
「あ?」
謝罪の言葉は、由幸へではなく兄の奏へ。
「お兄ちゃんの……、彼氏を……、試していました……」
奏の表情がみるみると般若の顔へと変化していった。
***
午後六時半、今日は一時間早く出勤して荷開けをしていたため、いつもより三十分早くタイムカードの退勤を押した。給料は安いがやたらと無駄な残業を強要されない職場で、由幸はその働き方が気に入っている。
残業したところでたいした金額が出るわけでもなし、時間になったらさっさとみんな退勤を押して帰って行く。由幸も午後から出勤していた社員に挨拶をして、さっさとビルの従業員専用出入り口から外へ出た。
表通りに出ると、ガードレールにもたれ八千代兄妹が由幸を待っていた。
「あ、先に行っててくれてよかったのに」
由幸がそう言うと、いまだ般若の面を被り続けている兄は「そういうわけにはいきません」と低い声で呟いた。美歌はしょんぼりと肩を落として俯いている。
「とにかく、行こっか。ね? 美歌ちゃん」
由幸が慰めるように優しく美歌へ声をかけると、チッ、と八千代兄こと奏が苦々しげに舌打ちをした。
気まずい帰路を三人で歩き、やっとのことで由幸のマンションへたどり着いた。
「うわわわぁ~……。タワーが見えるぅ……!」
それまでずっとしょんぼりしていた美歌だったが、由幸の部屋へ入るとその大きな窓から見える景色に食いついた。
「すごい~……! すごい~……!」
遠くに赤く光る東京タワーをキラキラした瞳で見ている。そんな美歌の隣で奏は、得意気に「すげえだろ!」とにやついた。
「うん! これ、すごい読んだことある部屋! イケメンアイドルグループの彼氏が住んでる高級マンションの部屋だよ! 美歌、毎月買ってる漫画で読んだことある!!」
そう言って、美歌は人気の少女漫画のタイトルをあげた。由幸の部屋は、BL的にも少女漫画的にも、イケメンが住む部屋として認定されたようだ。
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