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第74話
「ほらほら、先に食事にしよ?」
由幸は肉と野菜を炒めて市販のタレをからめただけの回鍋肉を作って、ソファの前のテーブルに置いた。
出勤前に炊飯予約しておいた炊きたてご飯とワンタンスープ。回鍋肉は肉と野菜を倍量にして、タレも二袋使った大盛りだ。
「手抜きでごめんね?」
由幸がそう言うと、美歌は大口でそれを頬張った。
「美歌『今夜の大皿』の回鍋肉大好き! お兄ちゃんもだよね」
回鍋肉と白米は交互に口へ運ばれかさを減らしていく。みるみるうちに大量に作った回鍋肉は半分以下に減っていき、八千代兄妹は白米をおかわりした。
その食べ方がそっくりで、由幸は思わず微笑んで見守った。
「うー、お腹いっぱい。美味しかったです。ご馳走様でした」
このスマートな体のどこへ入ったのか、美歌は高校生らしい食欲で夕食を完食した。由幸には姉と弟がいるが、妹とはこんなにも可愛らしい存在なのかな、と呑気にそんなことを考えた。
ふと奏へと視線を移すと、先ほどまで回鍋肉に夢中だったのに、いつの間にかまた般若の面構えに戻っている。
──また怒ってる…!
書店での怒りがぶり返している様子の奏を、由幸は眉をひそめて見つめた。
「美歌」
改めて怒り滲ませる声に、美歌の肩が揺れる。
「はい」
「説明しろ」
「はい……」
由幸がわけ入る余地は全くなく、奏は不機嫌を隠すこともないし、美歌はやっぱり肩を縮めて申し訳なさそうにしている。
「向井さん、て、お兄ちゃんが言うような人じゃないと思う……」
「え?」
驚きの声をあげたのは由幸だった。奏は家で由幸のことをどういうふうに言っていて、美歌は由幸のことをどう思ったのだろうか。
「お兄ちゃんは、向井さんのことを、純粋で、綺麗で、穢れを知らない天使みたいな人だって言ったけど……」
「はいっ!?」
由幸は思わず目を剥いた。それはさすがに……、盛りすぎというものではないか。それとも奏には本当に、由幸がそう見えているのだろうか。
ちらりと奏に目をうつすと、何とも気まずそうに頭を掻いていた。
──こいつ……、やっぱ盛って話したな……。
由幸は瞬時に悟った。きっと家族の前で、自分の恋人の事を十割増しで良く喋ってしまったのだろう。
「向井さんってホモですよね」
美歌の口からポロリとこぼれた言葉に、由幸は思わず吹き出しそうになった。
ホモ。まあ、奏とこういう付き合いを始めてしまったからには、そう言われても仕方がない。しかしあっさりと言葉にされると、それはなかなかの破壊力を持っていた。
美歌はそんな由幸の動揺なんか構うことなく言葉を続けた。
「ホモの人にとってBLってエロ本じゃん?」
由幸ホモ説には特に反論しなかった奏が、ガバッと身を起こして口火を切った。
「はっ!? お前、まじでそんなふうに思ってんの!? BLはエロ本じゃないし!! BLはなぁ! 聖書だよ! 聖書! まじバイブル! エロだけじゃない! キュンとピュアな恋愛がぎっしり詰まってんだよ! あの一冊に!!」
反論するとこ、そこなの?由幸は呆れて、生温い目を奏に向けた。
ホモだろうとエロ本だろうと、この際そんなことはどうでもいい。ただ、何で美歌がいつも由幸を困らせるような問い合わせをしていたのか、その理由を聞かせてもらいたい。
美歌は反論する奏に少し怯えたような態度を取ったが、由幸が奏の肩をなだめるように押さえると気を取り直したようで再び唇を開いた。
「えっと……、とにかく私は向井さんはホモで、BLはそんな向井さんにはエロ本だと思ったのっ」
「そっか。それで?」
由幸は憤る奏を隣でなだめながら、美歌に話の先を促した。
「最初はお兄ちゃんが好きになった男の人ってどんな人だろ、って思った。それで本屋さんに行ってみたの。この人がお兄ちゃんのこと、……抱いてるのかなぁ、って」
「はあっ!?」
奏は今日一番の大声をあげた。反論しようとする奏に向かって由幸は首を横に振る。美歌の話をとりあえず最後まで聞くように諭した。
「そういう目で見ちゃうと……、なんだか向井さんってお兄ちゃんの言うような綺麗なだけの人にはどうしても見えなかった。バイトの女の子と仲良く話すとこなんて、どうみても女の扱いに慣れてる感じに見えたし。だから美歌みたいなJKがあんなえっちな本のこと尋ねたらどんな対応するのかなあ、って。ほんとに純粋な人ならあんな卑猥な質問、絶対困るって思ったのに。向井さん全然平気そうに答えるんだもん」
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