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第75話
何だ、それ。美歌はさすが奏の妹、というべきか、なかなかに発想がぶっ飛んでいた。
由幸の純粋な天使性をはかるためにあんなどぎついタイトルの本を問い合わせしてきたというのか。
「どんなえっちな言葉も全部意味、理解してるみたいだったし。これはかなり遊んでるな、って……、美歌のカン……」
由幸はつい、はあ、と重い溜息を吐いた。
「で…美歌ちゃんとしてはどうだった? 俺はお兄ちゃんの恋人として合格でしたか?」
きっと合格であれば、あんなに何度もやって来ることはなかっただろう。由幸はどっと重い疲れを感じた。
「向井さんはそのう……。お兄ちゃんの部屋にある本っぽく言うと、『一見清廉に見えるクソビッチ』に見えました」
「ぷっ」
由幸はうっかりと小さく笑ってしまった。
さすが奏の妹。表現の仕方までが奏にそっくりだ。
「お前、まじでそれ言ってる!?」
全く怒らない由幸のかわりに奏が怒鳴った。
「だ、だってえ……」
美歌はそんな兄に怯えつつも、必死に自分の意見を述べようとする。
「美歌がどんなキョーレツな質問しても、この人、フツーの顔で対応するんだよ? 出版社へ電話して、『この本は三人プレイありですか?』なんてしれっと尋ねられるんだよ? 美歌だったらそんなヘンタイな電話、絶対出来ない~! ほんとに純粋な人なら絶対恥ずかしくて言えないよ! この人えっちな言葉、超言い慣れてるから! まじで!」
よくもまあ、ペラペラと。美歌のたくましい妄想力に、奏とのDNAの繋がりをしっかりと感じる。
「美歌ちゃん」
由幸は気を取り直し美歌と向き合った。
「はい……」
美歌は大人しく、ちょこんと姿勢を正した。
「俺もね、書店員としてお給料貰ってるからには、一応その仕事に誇りを持ってお客さんに接してるんだ。お客さんの問い合わせにいちいち反応してたら失礼になるでしょう?」
客が手に取るその一冊には、その人の趣味や嗜好が大きく反映している。
肩書きのありそうな貫禄のあるサラリーマンが二十歳そこそこの若い著者が書いた自己啓発本を立ち読みしていたり、適齢期の地味な女性がモテる女のテクニック本を俯きがちにレジへ持ってきたり。
リアルな友人や家族には知られたくないであろう一面が、選ぶ本に表れていたりするのだ。
本にかけるサービスの紙のカバー。書店の名前がプリントされたそれは、そういった知られたくない一面を隠す役割だって担っていると由幸は思う。その一冊で、それを読んだ人が救われることだってある。
そういう商品を販売しているのが書店だ。
だから美歌の問い合わせにだって、いちいち変な反応はしない。どうってことない顔で対応するのが、由幸の仕事だ。
由幸の話を最後まで大人しく美歌は聞き、小さく「すいませんでした」と呟いた。それは由幸に、ちゃんと美歌の本心から出た言葉に聞こえた。
しかし奏はあいかわらず由幸の隣で納得のいかない顔をしている。
「美歌」
「はい……」
「ひとつだけ、言っとくけどな」
まだ何かを言うつもりなのか、由幸は固唾を飲んで奏を見つめた。
「俺は、抱かれるほうじゃない。俺が攻めるほうだから!」
「えっ、それ言う!?」
それだけはどうしても譲れないらしく、奏ははっきりと言い切った。
「え? 攻める? 攻め……攻め? ええーーーっ! お兄ちゃん!!」
なぜか美歌は尊敬のまなざしを奏に向けた。
「うそっ! お兄ちゃん、抱くほうなんだ! まじで!? えーーっ! あのベッドでお兄ちゃんが向井さんのこと………! うそっ! まじで!?」
「ちょ、ちょっと待って! 美歌ちゃん! 違うよ? 違うから……」
「は? 何が違うんですか? 俺が攻めだって言ってるじゃないですか」
美歌の反応に、奏はまんざらでもなさそうな顔をした。
「だってだって……! 俺ら、キス以上のことしてないでしょ? あのベッドで、俺、抱かれたことないじゃん!?」
誤解を避けようと、由幸はつい余計なことまで口にしてしまった。
「えっ? キス? ……二人はキスしかしてないの?」
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