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第81話
「ゆきちゃん! これ履いて下さい! 今すぐに!」
奏は由幸に向かい土下座をし、必死に懇願している。
「えっ! 無理!」
「何で!?」
「だって。俺、もう『向井さん』に戻っちゃったし」
『ゆきちゃん』のテンションの時ならいざ知らず、今の由幸はいつもの『向井さん』の状態で、自分たちのことを客観的に見ていた。
深夜0時。男が二人。片方はハート柄のパンツで土下座中。
そんな中で自分がその黒いパンツを履いて、奏の前でショータイムをおっぱじめるなんて恥ずかしすぎて無理だ。
「そんな……。ゆきちゃんはゆきちゃんでしょうよ……」
奏は床にくずおれて呟いた。由幸は奏の手からそっと下着を取り上げた。
「ほんとごめんね。もう今夜は無理だから、シャワー浴びて寝て」
「えっ! 『今夜は』ってことは……次があるってことですよね!?」
奏は由幸の言葉尻をとらえてそう言った。
「あ……、ああ~……」
もう一応にでも肯定しておかないと、奏が納得するのは無理そうだ。
「そうだね。ちゃんと最後まですることが出来たら、そのうち履いてあげても、いいかな……」
そうお茶を濁すように呟くと、奏は小さくガッツポーズを作っている。それを目の端でとらえ、由幸はさっさとクローゼットへ消えた。
もしかしたら本当にこの小さな黒いパンツを、奏の手で脱がされる日がくるのかもしれない。
今日は出来なかったけど、もしもいつか、二人が当たり前に抱き合える日が来るならば。その時はちゃんとさっきの約束を守ってやろうと、由幸は男らしく覚悟したのだった。
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