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第83話
それから度々、美歌と彼は由幸の書店に姿を見せている。
美歌は私立の女子高に通っていた。他校の男子生徒である彼と、いつも書店で待ち合わせしているようだった。
駅向こうはオフィス街になっているこの街は、サラリーマン向けの飲み屋や飲食店は多数ある。しかし高校生が遊べる場所は本当に少ない。書店の入るこのビルが、唯一気兼ねなく二人が時間をつぶせる場所のようだった。
美歌の片想いの彼は、新緑の中吹き抜ける風のようなとても爽やかなイケメンだ。笑う顔も立ち姿もきまっていて、きっと校内の人気ランキングでは常に上位をキープしているのだとわかる。美歌はなかなかのメンクイだった。
話す機会が増えるのに比例して、美歌はだんだんと由幸に打ち解けてきた。彼が中学の同級生であることも、話のついでに教えてくれた。
「あのね、夏休みに彼のお家にお泊まりしないか、って誘われたんだ」
少し悩んでいる様子で、美歌はそう由幸に告白してきた。
「ふうん。親は?」
「旅行だって」
夏休み。親のいない間に女の子を自宅に招く。その意味を美歌はちゃんと理解しているようだ。
「嫌なの?」
「ううん、嫌じゃないけど……。でもまだちゃんとつきあおうって言われてないし……」
美歌は彼に告白する勇気がないようだった。
「向井さんはどう思う? 高校生ってやっぱえっちするよね……」
突然のあからさまな質問に、由幸は言葉を詰まらせた。
そして今日の午後だった。
夏の文庫フェアをさすがにそろそろ展開しなければまずい時期。文庫担当の社員に泣きつかれた由幸は、文庫コーナーで平台を空けていた。
本来ならその平台には、話題の実写化作品や、新刊の中でも超売れ筋のものを並べていた。それをごそっと全て取り払い、数社が競うように実施している『夏の文庫フェア』の帯がかかっている作品をずらりと陳列しなければいけないのだ。
その作業を手伝っていると、文庫棚の隙間から美歌の片想いの彼を見つけた。今日は美歌と一緒ではなく、同じ制服を着た男子がいる。
八千代くんの好きな同級生カプじゃん。
最近奏の趣味に毒されてきた由幸は、自然とその二人をカップリングした。片や爽やかイケメン、もう片方は地味で真面目そうだが、ひとつひとつのパーツはとても整っている。よくよく見ればモテなくもなさそうな男子だった。
「ふふ……」
この場に奏がいたら、どんな反応をするだろう。
二人は距離を詰め、何やらヒソヒソと話し込んでいた。しかし爽やかくんは美歌といい感じらしいし、デキてるなんてありえないけど。
由幸はフェアのダンボールを開けながら、しかし意識は彼らへと向かっていた。
「ケイイチ……。ミサキはどうするんだよ……!」
地味メンくんが問い詰めるような声を出した。
「あ? ミサキ? だいじょぶだって。ちゃんと好きに決まってんじゃん?」
どうやら爽やかくんこと、ケイイチくんにはミサキという名の彼女がいるらしい。
美歌の片想いは実ることがないのだな、と、由幸は少し胸を痛めた。
「てかさ、学校違うんだし? 美歌とは地元でしか会わないし。絶対バレねえよ」
由幸は眉をしかめた。彼女にバレない秘密事。嫌な予感がする。
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