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第84話
「八千代、可哀想じゃん……」
「ああ……お前好きだったもんな、美歌のこと。別にお前が美歌に告ってもいーよ? でもあいつは俺に夢中みたいだけどな」
どうやら美歌はケイイチくんとやらに二股をかけられているようだ。
「ケイイチ、サイテーだし……! 俺、お前とは縁切るわ……」
地味メンくんは苦々しく言うと売り場を立ち去った。しかしケイイチは、痛くもかゆくもない様子で店内をうろついていた。
***
「あーあ……」
奏にきつく胸を吸われている最中、つい由幸は大きな溜息を吐いた。
それは快感から漏らした息ではなく、気鬱の溜息だった。今日の午後、ケイイチの本性を知ってしまってからどうにも気分が晴れない。
せっかく久しぶりに奏と夜を過ごせるというのに、目を閉じると、美歌が悲しげな顔でこちらを見ている。
さすがの奏も、全く気乗りしない由幸を不審そうに見た。奏は胸の突起から唇を離すと、「大丈夫ですか?」と由幸の顔をのぞき込んだ。
「大丈夫じゃないかも……」
ここ半月、美歌とそれなりに仲良くなってきているし、しかも愛しい奏の妹なのだ。もう他人事として知らんぷりなんて出来ない。
「八千代くぅん……、どうしよう」
由幸は奏の胸に抱きついた。
「え? ええ? 由幸さん……、何が?」
由幸の悩みの種がまさか自分の妹が原因なんて、思いもよらないのだろう。奏はよしよしと労るように由幸の髪をなでてくれた。
「なにか困ったことがあったんすか?」
今日の事を奏に言うべきか半日も悩んだ。美歌のプライドにも関わる事だ。
しかしもう黙って見守るなんて絶対に無理だ。由幸は、美歌とケイイチのことを奏に打ち明けた。
「へえ。悪い男ですね」
話を聞き終えた奏は、まるで他人事みたいな顔をした。
「悪い男ってそれだけ? 美歌ちゃん騙されてるんだよ!?」
由幸は呑気な奏に向かって声を荒げた。奏は美歌が心配ではないのだろうか。
「BLだったら確実に本気の恋愛に進展するやつなんですけどねー。体から始まる恋ってすげえ多いし……。あ~、美歌のやつ、なんで男じゃないんだろ」
「はあ?」
問題はそこじゃない!
由幸の苛立ちはピークに達した。
「BL、BL、って! 八千代くんは美歌ちゃんのこと心配じゃないの!?」
由幸の勢いに奏は少し怯んだ様子見せたがそれだけだった。
「だってあいつ、もう高校二年生ですよ?」
「だから?」
「そりゃ遊ばれて気の毒とは思うけど。でも俺がどうこう出来る問題じゃないと思うんですよね。自分が騙されてるって気がつかなきゃ意味がないでしょ。もう子供じゃないんだから」
「ひどい! 八千代くん冷たい!!」
由幸は顔を歪ませて怒鳴った。しかし奏は困ったような顔をしているだけだ。
「だって、恋愛についてなんて他人がどうこう言っても聞かないでしょう? 俺だって美歌に向井さんのことアレコレ言われたけど、でも、本気で好きだったから何とも思わなかったし」
珍しく奏が正論を説いている。確かに奏の言っている事はその通りだ。恋愛事については、他人が口出ししてもうざがられるだけだろう。
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