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第85話

「今夜は、やめとこうか」  奏は由幸に服を着せながらそう言った。 「え?」 「だって由幸さん、さっきから美歌のことばっかだし」  苦笑いを浮かべる奏を、由幸は申し訳なく思いながら見上げた。 「ごめんね」 「や、いいんです。だって由幸さん、美歌のこと心配してくれてるんでしょ? むしろ謝るのはこっちです」 「……ほんとにごめんね」  奏は優しい。由幸にシャツを着せる手が労るように優しく触れる。見つめてくる瞳が暖かい。  逆に気を使ってくれる奏を、由幸は微笑んで見つめた。 「ん?何?」  奏も同じように微笑んで由幸を見つめてくる。奏の指先は、由幸の前髪を擽るように掬った。 「もうすぐ誕生日でしょ」  七月の終わりの金曜に、奏は誕生日を迎える。翌日の固定休と合わせて二連休になるように、シフトを調整してもらえた。  金曜日の昼まで奏はバイトが入っているが、午後から二人で出かける予定なのだ。由幸が学生の頃よく遊んだ街で奏へのプレゼントを選び、ちょっと気の利いた食事に行くつもりだ。 「奏くん、欲しいもの決まった?」  事前にプレゼントを用意しておこうと、奏に何が欲しいか尋ねた。しかし奏は「何でもいい」としか言わない。  それなら一緒に探しに行こう、と奏に言ってあった。 「本当は欲しいものがあります」 「え、何?教えてよ」  流行の物ならなんでも揃う場所だけど、奏のことだから限定のBLグッズが欲しいなんてこともある。その場合は専門店に問い合わせをしておくべきだ。  少し焦って由幸が身を起こすと、その顎先を奏の指先で擽られた。 「プレゼントは『俺』がいいな……」 「はい?俺?」  いまいち意味がわからなくて、由幸は首を傾げた。そんな由幸を、奏は楽しそうに笑っている。 「だから、プレゼントは『ゆきちゃん』がいいってことですよ。『プレゼントは俺だけど、もらってくれる?』って裸に赤いリボンを巻き付けて、可愛く誘ってくれるオプション付き」 「なに、それ……」  顎を擽る奏の指が、なんだか艶めかしく感じる。いつも肝心な時にきまらない奏が、薫り立つような男の色気を纏っている。  きっといい男になる。奏はどんどん成長している。いつか自分よりも男の魅力を纏った大人に成長するだろう。  そんな奏の誕生日を一緒に過ごせることがこの上なく幸せに感じられる。 「もちろん。誕生日は俺をプレゼントするから」  由幸は奏の手を取り指先にキスをした。 「あれっ……ゆきちゃん……まじで!」  瞬時に奏の色気は消え去って、いつもの真っ赤な照れた顔が見られた。 「毎年ずっと、俺をプレゼントするから。ゆっくり大人になっていってね」  こんな可愛い奏、きっと今だけの期間限定なのだろう。由幸はそれを少し惜しく感じた。

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