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第89話

「……向井さん。まさかあの天使が、美歌と二股かけられてた相手ですか?」  そういえば、奏にはまだ説明をしていなかった。 「あ、うん。そうなんだよね……」 「くっ……。やばっ……」  奏は口元に手をあて俯いた。 「まじ可愛いっすね。気が強そうなとこも可愛いし、見た目が女の子顔負けに可愛いのも……。まさにBL漫画から抜け出してきたみたいな、年下受けですね……」  ひとりこっそり悶えている奏を、由幸は生温い目で見つめた。 「ねえ、ああいうのがタイプ?」 「えっ……! 違いますよ!? 一般的に見て、可愛いなってくらいで……」  焦って言い訳を始めた奏に、由幸はツンと顔をそらした。 「ゆきちゃ~ん……」 「ゆきちゃん?」  奏の情けない声に、雄太郎が敏感に反応した。 「なあ、ゆきちゃんて向井さんのこと?」 「あ、うん。そうだけど」 「男やのにゆきちゃんて呼んでんの? なにそれ。めっちゃ可愛いやん。俺もゆきちゃんて呼んでいい?」 「え……」  すぐにうんと言えなかった。『ゆきちゃん』は奏だけが呼ぶ特別な愛称だ。 「なんであんたがゆきちゃんって呼ぶのよ!?」  なぜか美歌が反発した。 「あのね! 向井さんはお兄ちゃんの彼氏なの! ゆきちゃんってサムい呼び方も、お兄ちゃんだから許されるの! あんたがゆきちゃんなんて呼ぶのは絶対ダメなんだからね!!」  まさにそう。由幸の言いたいことを代わりにスバスバと言ってくれる。しかし『サムい呼び方』と思われているとは初耳だが。 「え? 付き合ってんの? 向井さんと美歌の兄ちゃんが? えー、まじで?」 「うん、そうなんだ」 「えっ、まじで!? てかどこで知りあったん? どこにそんな出会いがあるん? にちょーめとか?」 「ええと……本屋」  奏は何故か嬉しそうにデレデレ笑っていた。そんなにデレると、イケメンが台無しなのに。 「本屋ぁ~? 嘘やろ~? すごいな。俺も本屋行こうかな」  奏は雄太郎に、由幸との出会いをかいつまんで話し始めた。 「ていうか、美歌の兄ちゃん、腐男子、ってやつなんや。やから、あそこの本棚にあんなにBL揃ってんねやな」  雄太郎は壁の本棚を生温い目で見つめる。男が好きでもBLについては以前の由幸と同じ反応を示した。それでも一冊引き抜いて中身を見始めた。 「…なにこれ。男子校、総受け、って。ありえへんわ」 「えっ、ないの?」  奏は驚愕の表情で雄太郎を見た。 「こんなんあるわけないやん。そんなんやったら俺、めっちゃモテモテやろ」  呆れたように奏を一瞥し、雄太郎は本に視線を落とした。 「この主人公よりどー見ても俺の方が可愛いやん。せやけど俺、こんなに大勢からモテたことないし」 「そうなんだ……」 「美歌の兄ちゃんは夢見すぎやな」  そう言いつつも、雄太郎はページを繰る手を休めなかった。なぜか美歌も、由幸のコミックを読み始める。ちょっとした読書会が始まってしまった。 「俺、そろそろ帰ります」  澤部が鞄を持って立ち上がった。 「あ、ちょー、待って!!」

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