89 / 98
第89話
「……向井さん。まさかあの天使が、美歌と二股かけられてた相手ですか?」
そういえば、奏にはまだ説明をしていなかった。
「あ、うん。そうなんだよね……」
「くっ……。やばっ……」
奏は口元に手をあて俯いた。
「まじ可愛いっすね。気が強そうなとこも可愛いし、見た目が女の子顔負けに可愛いのも……。まさにBL漫画から抜け出してきたみたいな、年下受けですね……」
ひとりこっそり悶えている奏を、由幸は生温い目で見つめた。
「ねえ、ああいうのがタイプ?」
「えっ……! 違いますよ!? 一般的に見て、可愛いなってくらいで……」
焦って言い訳を始めた奏に、由幸はツンと顔をそらした。
「ゆきちゃ~ん……」
「ゆきちゃん?」
奏の情けない声に、雄太郎が敏感に反応した。
「なあ、ゆきちゃんて向井さんのこと?」
「あ、うん。そうだけど」
「男やのにゆきちゃんて呼んでんの? なにそれ。めっちゃ可愛いやん。俺もゆきちゃんて呼んでいい?」
「え……」
すぐにうんと言えなかった。『ゆきちゃん』は奏だけが呼ぶ特別な愛称だ。
「なんであんたがゆきちゃんって呼ぶのよ!?」
なぜか美歌が反発した。
「あのね! 向井さんはお兄ちゃんの彼氏なの! ゆきちゃんってサムい呼び方も、お兄ちゃんだから許されるの! あんたがゆきちゃんなんて呼ぶのは絶対ダメなんだからね!!」
まさにそう。由幸の言いたいことを代わりにスバスバと言ってくれる。しかし『サムい呼び方』と思われているとは初耳だが。
「え? 付き合ってんの? 向井さんと美歌の兄ちゃんが? えー、まじで?」
「うん、そうなんだ」
「えっ、まじで!? てかどこで知りあったん? どこにそんな出会いがあるん? にちょーめとか?」
「ええと……本屋」
奏は何故か嬉しそうにデレデレ笑っていた。そんなにデレると、イケメンが台無しなのに。
「本屋ぁ~? 嘘やろ~? すごいな。俺も本屋行こうかな」
奏は雄太郎に、由幸との出会いをかいつまんで話し始めた。
「ていうか、美歌の兄ちゃん、腐男子、ってやつなんや。やから、あそこの本棚にあんなにBL揃ってんねやな」
雄太郎は壁の本棚を生温い目で見つめる。男が好きでもBLについては以前の由幸と同じ反応を示した。それでも一冊引き抜いて中身を見始めた。
「…なにこれ。男子校、総受け、って。ありえへんわ」
「えっ、ないの?」
奏は驚愕の表情で雄太郎を見た。
「こんなんあるわけないやん。そんなんやったら俺、めっちゃモテモテやろ」
呆れたように奏を一瞥し、雄太郎は本に視線を落とした。
「この主人公よりどー見ても俺の方が可愛いやん。せやけど俺、こんなに大勢からモテたことないし」
「そうなんだ……」
「美歌の兄ちゃんは夢見すぎやな」
そう言いつつも、雄太郎はページを繰る手を休めなかった。なぜか美歌も、由幸のコミックを読み始める。ちょっとした読書会が始まってしまった。
「俺、そろそろ帰ります」
澤部が鞄を持って立ち上がった。
「あ、ちょー、待って!!」
ともだちにシェアしよう!