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第95話

「そんなの、嫌だよ……。嫌だよ…!今日は絶対にしたい……」  近くで雷が落ちたようだ。由幸の声は、ドオンという轟音にかき消された。  厚いガラスがビリビリと揺れる。雷光に照らされた奏と視線がかち合った。二人の間にも小さな稲妻が走った。 「うんっ!俺も!俺もゆきちゃんの全部が欲しい……!!」  奏にきつく抱きしめられ、由幸もその背に腕を回した。  女とは違う硬い体の肩甲骨を確かめるように撫でた。やっぱり手のひらが吸いついていく。  自分の身体の一部一部が、すべて奏を求めている。  奏は由幸の唇を貪りながら、三本目の指を中に入れた。 「ん、くっ……」  さすがにきつくて眉をよせる。 「んっ、ん、ん……」  奏の指の動きに合わせて、由幸の口から苦しげな音が漏れた。 「きついですか?」  奏の声は今にも泣き出しそうだ。 「んっ……、少し、ね……」  ありのままの自分を感じたくて、由幸は素直に答えた。  闇の中で奏がじっと見つめている。 「上手く出来ないかもしれないけど……」  呟くと奏は体を下げていった。 「あ」  少し柔らかくなった由幸の中心は、奏の口腔に包まれた。 「あ、はぁ……」  拙い、はっきり言えば下手な口技。でもそこから由幸の全身は多幸感に包まれていく。 「あ、ああ、かなで……、かなでくん……」  再びじんわりと熱が集中していく。自分がこんなにも切なげな声を出していることが不思議だった。  限界まで奏の指は念入りに解してくれる。初めて感じた後ろの違和感は、奏が前を口で愛撫してくれることにより、快感だと身体が学習していった。  由幸はそっと奏の頭に手をあて、自分の昂ぶりから奏の唇を離させた。何度となく「入れて」と言おうかと思ったけど、奏のタイミングをひたすら待つ。  今夜は絶対に最後まで。  由幸の言葉ひとつですら、奏は尻込みしてしまうかもしれない。  奏の三本の指は、ときどき由幸のいいところを掠める。その度に堪えきれない快感が身体を貫き、由幸は何度も根をあげそうになる。  無意識に由幸は、自身の昂ぶりを何もない宙に突き上げていた。今まで受け容れる側になったことのない由幸の、男の本能のようなものだった。 そこでしか快感を得たことがないから、後ろの強烈な刺激をよそへ向ける方法をしらない。 もうろうとしながら、雄の動きを無意識でしていた。  ──もう、無理…… 由幸が声を上げようとした瞬間、奏にそれが伝わったかのように指が抜かれた。 全身が気怠くて、ぼんやりと闇の中の奏を見る。 窓から届く薄明かりに照らされた奏の表情は遠い。 何を考えているのだろう、と思った。 今、上から由幸を見下ろして、いったい何を思っているのだろう。いつも饒舌に喋る奏が無口だった。  何か話してくれないかな、と由幸は思った。いつもみたいに「ゆきちゃん、最高の受けですね!」とか、「ゆきちゃん、めっちゃえろい」とか。そんなどうでもいい軽口を聞きたい。  ただ言葉にならない必死さだけが伝わってきた。  自分の初めての時ってこんなふうだっただろうか。思い出そうとしたが、なぜか霞がかかったようにその時の気持ちを思い出せなかった。  でも奏ほどに真剣ではなかったように思う。奏の余裕のなさが痛いくらいに愛おしい。  まさか自分の中に母性本能のようなものが生まれようとは。奏を抱きしめたくて仕方がなかった。

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