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第96話
由幸は腕のだるさを感じながら、自分の膝裏を抱えた。
客観的に見ればなんともみっともない恰好だと思う。しかし奏にはその意図が通じたようだ。受け入れやすい体勢を取る由幸を、息を飲んで見つめてくる。
奏はベッドの端に投げ捨てられていたゴムの箱を開けた。蛇腹に折りたたまれた六連の包みを取り出す。ひとつを引きちぎり、中身を出した。
その一連の動きを見つめながら、由幸は「頑張れ、頑張れ!」と心の中で応援した。しかし奏の指先は震え、上手く装着できないでいる。
由幸は身を起こし、奏の手からゴムを取った。
「あ……」
奏は戸惑いつつも由幸のされるがままになった。
ゴムに空気が入らないよう、尖端から根下まで下ろす。自分につけるのも奏につけるのも手順に大差はない。
もしかしたら奏は、由幸の慣れた手つきを苦く思っているかもしれない。
しかし過去は変えられるはずもなく、今までストレートとして生きてきた由幸を受けとめてもらうしかない。
奏がこれから抱くのは、奏のいうところの『百戦錬磨のイケメン』だ。男としての偏差値は天と地ほど差があるかもしれないけれど、その百戦錬磨のイケメンは奏のことが好きなんだ。
ひよることなく、奏の全力で抱いて欲しい。由幸が奏の全てを受け入れることを決意したように、奏にもこれから抱く由幸という人間の全てを抱きしめてほしい。
つらつらとそんなことを考えるほどに、男同士の行為というのは大きな決心が必要だった。
はっきり言えば、まだまだ怖い。そういうことのために造られた器官ではないし、最初は痛みを伴うものらしいし。
でも、そんな由幸の恐怖をかき消してしまうほどに、奏に求められたいのだ。
由幸は決意を新たに横たわった。両脚を大きく開き奏を待つ。待っていると、やっぱり目に涙が浮かんできた。
恐怖と期待。相反する感情が由幸の瞳を潤ませていく。
「初めては後ろからのほうが楽らしいけど……」
おどおどしながらも奏はまだ由幸のことを気づかっている。
「いい。前からがいい」
後ろからなんてごめんだ。男は初めてなのに酷く屈辱的な恰好だし。それに奏の顔が見られないのがいちばん嫌だ。
縋るならベッドのシーツより、絶対に奏に縋りたい。奏の初めての思い出が、由幸の後ろ姿だなんて寂しすぎる。
遠い未来、奏の隣に自分がいてもいなくても、今夜のことを思い出す日があるだろう。だったら奏には由幸の顔を思い出してもらいたい。
由幸の視線を感じたのか、奏の右手が由幸の膝裏にかかった。高く持ち上げられたと思ったら、すぐに奏が覆い被さってきた。
「痛かったら……」
「痛くてもいいから」
同じやり取りを何度も繰り返し、奏はゆっくりと自分の熱を由幸の窄まりにあてた。たった一点がものすごく熱かった。
「んんっ……!」
覚悟していたが、入ってくるときにはやはり痛んだ。しかし身体に力を入れていてはダメだということを、奏のコミックで読んでいた。
そういうとき漫画の攻めは「力を抜いて?」なんて優しく囁くものだ。しかし奏にそんな余裕を持てるはずもない。
ただひたすらに、由幸を心配そうに見ていた。
由幸は暗闇の中ででも薄く微笑んで見せた。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。痛くないよ」
小さい子をあやすように、優しくそう諭す。奏は泣きだしそうな顔になった。
「ゆきちゃん……、イケメンすぎるでしょ……」
由幸の下手な嘘はお見通しのようだった。
余裕たっぷりに奏を受け入れてやろうと思ったのに。これは痛い行為ではないと、奏に教えてあげたかったのに。
「だって俺、年上だしね?」
「歳なんて関係ないじゃん……」
「童貞じゃないし?」
「受けのほうは初めてでしょ……」
ぐずる奏が可愛くて、額にはりつく前髪をかき上げてやる。形のよいおでこに口を寄せ、由幸は教えてあげた。
「君のこと、愛してるし、ね?」
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