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第4話

 ぴちゃん。  耳元で水音が聞え、知矢は短い失神から気が付いた。 「……お兄ちゃん」 「知矢、目、覚めた?」 「……ん……」  情事の名残りの掠れた声で答える。  知矢は兄に抱きかかえられるようにして浴槽に浸かっていた。  いくら知矢が華奢な体付きで、典夫もまたスリムだと言っても、決して広くはないバスタブに男二人が一緒に入ると狭苦しい感が否めない。だが、実家にいるときはお風呂に二人で入るなんていう行為はほとんどできなかったので、知矢はとても幸せだった。  それはお風呂だけに限ったことではない。やはり両親が同じ屋根の下で眠っていると思うと、落ち着いて愛の行為を交わすことができなかった。  それに……。  典夫が大学生の頃はともかく、社会人になってからはとにかく忙しく、夜も帰ってくるのが遅くて、ずっとすれ違いの多い日々を過ごしていたのだ。  ライバルが仕事では仕方がないから我慢してたけど、本当は寂しかったんだよ、僕。お兄ちゃん。  知矢がそんなことを思いながら兄の顔をジッと見つめていると、視線に気づいたのか強く抱きしめてくれて、やさしい囁きを耳元へ贈られる。 「知矢、ごめんな」 「え?」 「去年は俺も社会人一年生だったからいろいろ大変で、寂しい思いをさせたと思うけど、もうなんとか仕事にも慣れたし、これからはそんな思い、させないから」 「お兄ちゃん……」  以心伝心。言葉に出さなくても思いが伝わることは、二人の間では本当によくあることだ。  それは二人の血の繋がりゆえか、それとも恋人としての絆の強さなのか。  後者だといいな。  兄の胸に体を預けながら、知矢は強く思った。    ――こうして二人の幸福に満ち溢れた新生活が始まったのだった。

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