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第9話

   夜の九時。  典夫はスマホから聞こえてくる『この電話は電源が切られているか、電波の届かない……』というメッセージを聞き、形のいい眉を顰めていた。  知矢、いったいどうしたんだろう?  今日は残業が長引きまだ会社にいるので、帰るのは十時を回りそうだと連絡をしようとしたのだが、繋がらないのだ。  知矢はいつも典夫の帰るコールを心待ちにしてくれているのでスマホの電源を切っていることなど今までなかった。  メールを送っても返事は来ないし、ラインも既読にならない。  弟と連絡がつかないことを心配していると、隣りから声を掛けられた。  長い髪を後ろで束ねたスーツ姿の女性……途中採用で入社した新入社員だ。典夫はめんどくさいことに彼女の教育係を任されているのである。  自分の仕事だけでも忙しいというのに、はっきり言って迷惑な話なのだが、上司直々の頼みとあってはしかたがない。  その綺麗に整えられた髪と高そうなスーツに似合わず、彼女は仕事ができなかった。失敗も多い。 今日も取引先を相手に失敗をし、典夫が一緒に謝罪に出かけるという余計な仕事を作ってくれた。 「あの佐伯さん、今日この後お時間ありますか?」 「ない」  きっぱりはっきり答えると、彼女のアイラインで縁取られた目が落胆の色を浮かべる。だが、すぐに立ち直り尚も食い下がって来た。 「あ、少しだけでいいんです。今日仕事でご迷惑をおかけしたので、お詫びにどこかで――」 「遠慮しとく」  口早に言うと、鞄を手にしてその場を後にした。
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