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素直になれない
晶は郁人への片思いを拗らせていた時期がある。郁人は晶とは全くタイプの違う人間。それでも惚れてしまった晶は何とか郁人に近付いて仲良くなった。最終的には女装までして郁人に近付き、そしてどういうわけかめでたく郁人の方から告白をしてもらって晴れて付き合うことになったという経緯があった。
あまりにも軽い郁人の告白に初めは全く信用できず戸惑うことが多かった晶も、付き合い始めてすぐに抱いてもらえたことやこうして人目をはばからずに近付いてくる郁人の態度に、少しずつ安心していたところもあった。
それにしたって──
「もうちょっと考えてくれ…… いや、嬉しいんだけどさ、でも公言できる事じゃないし……」
晶からしてみたら郁人狙いの人間がうじゃうじゃいる中、自分が郁人の恋人だなんて口が裂けても言える事じゃなかった。下手したら夜道で刺されるとさえ本気で思っていた。
「いいじゃん、俺はいつもと同じだろ?」
「同じなわけあるかっ。くっつきすぎなんだよ……輝樹だって怪しんでただろ? ほら、それ! あんまひっつくな」
テーブルの下でそっと手を繋ごうとする郁人をキッと睨み手を払う。郁人は叩かれた手を自分で摩り、頬杖をついて晶を見つめた。
「みんなに言いたい…… 俺の恋人、こんなにカッコいいんだって自慢したい……」
一応周りを気にして声を潜めそう言う郁人に、晶は嬉しさと照れ臭さで複雑な気持ちになった。晶だって本心は郁人の事を公にしたい。自分の恋人は郁人なんだと周りの女共を牽制したい。
「……ダメ」
それでも晶は周りからの目が気になってしまい、どうしても素直になることが出来なかった。
「まだあいつと付き合ってんのかよ?」
ふと声をかけられ振り返ると、仏頂面の一聖 が立っていた。
少し前に知人に呼ばれ郁人も席を外していて、晶一人になっていたテーブルに一聖が加わる。先程まで郁人の座っていた席に座った一聖は、わざとらしく郁人の真似をして体を寄せた。
「晶の新しい恋人は心配になるくらいおモテですね。さっき女と親しげに喋ってたぞ? いいのか?」
「別に……いまに始まった事じゃないだろ。そんな嫌味言いにきたのかよ」
相変わらず素っ気ない晶に、一聖は笑う。
「ううん……お前無理すんなよ? いつでも俺は話聞くからさ。ちゃんと味方はいるから安心しろって言いたかっただけ」
一聖は晶と郁人が付き合うようになったことを唯一知っている共通の友人。友人とは言っても一聖と郁人は犬猿の仲なのだけど、晶にとっては数少ない信頼できる友人でもあった。
「ありがとう。でも大丈夫……だから」
そう言った晶の表情は、何か思い詰めているようにも見え、一聖は少し心配になった。
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