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過去への嫉妬心
その後の映画は、まるっきりストーリーが頭に入ってこなかった──
郁人の部屋には何度も行ったことがある。何なら酒に酔って泊まったことだってあった。
なんとか友人関係を築きあげ、その中でも特別近しい存在になれた。常に共に行動をし、周りにちやほやされながらいつも中心的存在の郁人と一緒にいて今日までずっと郁人の事を見てきた晶は、これから部屋に行く意味が今までのそれとは全く違うのだという事を実感し、緊張から更に無口になってしまった。
「どうした? 朱鳥……疲れちゃった?」
人混みだからか、郁人は声に出して「朱鳥」と呼ぶ。この姿の時は朱鳥と呼ぶと言っていたものの、やはり抵抗があるのか極力名前を呼ばずに会話をしていたことに晶はちゃんと気がついていた。折角のデートなのに、郁人が自分のことを「朱鳥」と呼ぶのはやっぱり複雑な気持ちになる。でもそれは自分から望んだこと…… しょうがないかと思いながら晶は郁人を見もせずに「うん」と小さく頷いた。
男同士じゃ叶わないこと──
郁人は先ほどより更にキツく晶の肩を抱き、自身へ抱き寄せ歩みを進める。側から見ればごく普通の男女のカップルだ。これが朱鳥ではなく晶の姿だったら? きっとコソコソと好奇の目に晒されるのだろう。晶は郁人の温もりを感じながらそんなことばかり考えてしまっていた。
「なあ……もうそれ取ってもいいんじゃね?」
部屋に入りすぐに郁人はそう言うと、晶のウィッグに手をかける。晶は先程からドギマギしっぱなしで、郁人のこの行動に思わず一歩後ろに下がってしまった。
「あ……うん。でも着替えとか持ってきてねえから……」
「別に俺の着ればいいだろ? 部屋着くらい貸すし」
シャワーに行けという無言の圧力を感じる。そのつもりで来たし、今更拒む理由だってない。郁人に黙って差し出されたタオルとスウェットを受け取ると、晶はそのままバスルームへ向かった。
「さっぱりしたな」
笑顔の郁人がシャワーを終えた晶に笑いかける。こんなに優しい笑顔は他の奴らには見せないのも晶は知っていた。自分だけの特権。恋人にしか見せない顔……
「やっと晶の顔が見えた……」
そう言って郁人は嬉しそうに手招きをする。晶は照れ臭そうにその隣に腰かけた。
初めての時は酒の勢いを借りて積極的に郁人に迫った。それは本当に自分を抱けるのか確かめたかったのもあったから。でもそんな心配が馬鹿らしく思えるほど郁人は晶を見て興奮し、激しく抱いた。
郁人はそっと晶の頭を撫で、ごく自然に顔を寄せ優しくキスをする。一連の流れがあまりにも自然でその行動に激しく嫉妬をしてしまう。これまで何人の女が郁人に抱かれ愛情を受けてきたのだろう……「晶が初めて」「自ら好きになったのは初めてだ」なんて郁人は言っていたけれど、晶にとってこの嫉妬心はどうしたって収められるものではなかった。
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