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女の影

「あんた最近郁人といい感じじゃん。どうしたの?」 「ああ……ちょっとね。それさ、あんまり言わないでくれる?」 ふと耳にしてしまった女の子の会話。 聞きたくなくてもこうやって常に郁人の周りには人が集まるため、気にしていなくとも会話が耳に入ってしまう。その中にはあわよくば……と近づいてくる者も少なからずあり、腹黒い内容の会話を聞いてしまうことも多々あった。コソコソと話をしていたって常に周りを気にしている晶の耳には入ってきてしまう。いくら可愛く振舞っていてもそんな下心は晶にはお見通しだった。 今の会話をしていたのも、ここ最近郁人に避けられてるのかも……と思い始めた頃からしょっちゅう目にする女だった。ただこの女に限り、そういった嫌な雰囲気は全く感じられなかった。どちらかといえば郁人の方から声をかけている。逆にこの女はそんな郁人に対しちょっとばかり迷惑そうにも見えた。 ああそうか…… どことなく朱鳥に似ている。 派手な雰囲気ではないものの、凛として人目を惹く綺麗さがある。出しゃばらず周りをよく見て相手を立てる。晶にはそんな気遣いのできるいい女に見えた。 もうかれこれ一週間が経つ── 晶は自分の携帯の画面を眺め考える。まるっきり無視はされていない。メッセージには既読もついたし、昼も一緒に過ごすことも増えてきた。いつもと変わらずな郁人の態度。そう、それは付き合う前の郁人に戻ったと言っていいくらい晶にとっては普通な態度の郁人だった。 今日も輝樹も含めて三人で食事をしている。そこに一聖も加わった。 「あれ? 今日は郁人、デートじゃねえの?」 少しわざとらしく一聖が話しかける。「ん? 今日は別にデートじゃねえよ?」と、郁人は動じることなくさらっと返事をした。輝樹はこの二人が仲が悪いのを知っているからハラハラしながら晶を見ている。晶はもう自分には関係ないと言った感じに、一人黙々と箸を口に運んでいた。 「郁人、やっと見つけた……今日だからね、忘れてない? 後で迎えに来てよね」 突然背後から女が声をかけてくる。第一声であの女だとすぐにわかった。晶は胸がチリチリと痛むのをぐっと耐える。郁人がどう返事をするのか聞きたくなかった。それなのに耳に入ってきた郁人の返事は思った以上に明るい声…… 「そうだった! 忘れてたよ、ごめんな。後で迎えに行くから……楽しみにしてる」 輝樹が郁人に「やっぱりデートかよ! いつの間に!」と楽しそうに突っ込んだ。 もう郁人の顔を見られなかった。下を向き、別れるならちゃんと言葉で伝えて欲しかったと晶は苛立ちを抑え込む。 程なくして郁人は一人いそいそと片付けて行ってしまった。輝樹はそんな郁人の後ろ姿を見ながら「モテる男はいいねえ」と揶揄うように笑った。

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