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第8話

八、 「……光瑠さん……?」  目を開けると頭を撫でられた。 「ぁあ、おはよう。輝君」 「おはようございます……」 「あー、寝惚けてぼんやりしている輝君が可愛くて困る。ふふ、まだ眠いなら、起こしてあげるからもう少し眠ったら?」 「……うん」  甘い誘惑には逆らえない。温かくて心地いいものに近づいて、再び意識を手放した。 「……あれ?」  だいぶ眠った気がするのに、目を開けても暗い。まだ夜ってことはないよなぁ? 「起きたの?」  すぐ側から光瑠さんの声が聞こえた。 「……え?」  顔を声の方に動かすと、本当に直ぐ側に光瑠さんの顔があった。っていうか、俺また寝惚けて光瑠さんに抱きついていたんだ。 「あっ、……苦しくなかったですか」 「全然。もっとくっついていても良かったのに。寝惚けながらくっついてきて、俺の服に顔をくっつけたらそのまま静かに寝始めて、あまりの可愛さに死にそうだったけど」  可愛すぎて死ぬなんてことはないと思う……。 「昨日はたくさんかわいい声が聞こえて幸せだったけれど、輝君はキツかったんじゃない?」 「……や、むしろスッキリしてます」  性的欲求が満たされて、睡眠もしっかりとって、調子が良いくらいだ。 「良いね。輝君がどこまで頑張れるか、試してみようか」 「うっ……」  それは恥ずかしすぎる。元々、自分でも殆どしたことがなかった。ベッドに腰掛けて微笑む光瑠さんは、朝から甘い。  光瑠さんが立ち上がったので、俺も体を起こす。バルコニーへと歩いた光瑠さんによってカーテンが開けられる。 「今日は凄く良い天気だから、庭で朝食にしようか」  窓から入る光を見ると、確かに気持ち良さそうだ。 「パーティーで着ていた服を掛けたところに、輝君の服を収納したからそこから選んで着替えておいで」 「えっ、俺の服ですか」 「うん。昨日の店で、気に入った物を運んでもらうように頼んだついでに、輝君に似合いそうな物を適当に持って来てって言っておいたんだ。そうしたら今朝、たくさん届いたんだよ。婚約者の話が伝わって、急がせたみたいだね」  ってことは、王家御用達のあの店の……服ってことか。素材も高級だし、デザインも俺好みだけど。特別な時用なら分かるけど、普段着にするには高級過ぎるよなぁ。 「何が食べたい?リクエストがあれば頼むけど」 「え、っと……全然思いつかないです」 「昨日のホテルみたいな感じで良いかな。それじゃあ、着替えて待ってて」 「その服も良く似合っているよ。うん、凄く可愛い」  光瑠さんって俺が何着てもそういう気がする。上質な服は、本当に着心地が良い。 「本当は、前回のパーティーで輝君を父達に紹介するつもりだったんだ。今は国を離れているから紹介出来なかったのは残念だけど。昨日の輝君の写真を送ったら会うのが楽しみだって返事が来たよ」  光瑠さんの父親ってことは……国王陛下か。ぁあ、改めてこの状況にクラクラしてきた。 「帰国はいつ頃なんですか」 「色んな国々を巡る旅だから、後二十日くらいかな。久々の旅行だと浮かれていたから、もう少し長引くかもしれないけどね。最初の旅に同行していた弟はそろそろ帰国する予定だよ」  第二王子の名前がなんだか、覚えてないんだよなぁ。聞いたことがないってことはないと思うけど……。 「可愛いって言葉をこんなにたくさん口にするなんて、輝君と出会うまでは思いもしなかったよ」 「光瑠さんって、何でそんなに俺に甘いんですか」 「そりゃあ、決まっているよ」  楽しげに微笑んだ光瑠さんの顔が近づいてくる。 「輝君が可愛いからだよ」  額にキスをされた。なんでそんなに何でもないことのように。少しだけ悔しい気分になったので、光瑠さんの腕に触れてキスをした。ほんの数秒、驚いた顔をした気がしたけれど、すぐに微笑みに変わった。 「折角可愛い格好をしているのに、今すぐ全部脱がせたくなっちゃうね」  驚かせることが出来たのは良かったが、すぐに余裕が戻ってしまった。敵わない。 「けど、朝食を……」 「ふふ、そうだよねぇ。それじゃあ、朝食の準備が出来るまで、城の周りを案内しようかな。綺麗な花がたくさん咲いているから」 「はい」  庭での食事が提案されるのも納得な、晴れて暖かな朝だった。最も、この国は一年を通して多少の暑さや寒さはあっても、それほど気温差はない。とは言っても、今日の天気は本当に心地がいい。  外に出てから暫く歩くと、庭があってそこにはたくさんの花が咲いていた。 「凄い……」  そういえば、と王城が別名花の城って言われいたことを思い出した。確か、王妃が色んな国の花を見られるようにしたとか聞いたような。 「綺麗だろう?」  そう言って微笑む横顔に目を奪われた。この花たちが好きなんだと言われなくても分かる。 「はい、凄く」  甘い花の香りがする。 「昨日可愛い寝顔を眺めながら、きちんと言っておかなければと思ったんだ」  花から光瑠さんに視線を移すと、膝をついていた。 「えっ、光瑠さん?」 「愛しているんだ、輝君。どうか俺と結婚して欲しい」  光瑠さんが言っている言葉の意味を理解できなかった。 「ひ、かるさん……」  きっと俺はまだ眠りの中で、都合の良い夢を見ているだけだ。これが現実なわけがない。 「出逢ってすぐそう言うのが誠実だった。だけど、婚約をしていた説明もせずに逃げて、騙して君をパーティーに参加させたんだ。君に逃げられるのが怖くて、君の逃げ場を塞いだんだ。だからいつか諦めて俺の物になって欲しい、とお願いをすれば良い。だなんて俺は考えていた。だけど、婚約のことを知っても君は最初の晩と同じように俺に接してくれた。そう、俺は最初から輝君を想っていることを伝えた上で願うべきだった」  真剣な顔に甘さは少しもない。 「どうか、俺に輝君を愛させて欲しい。多分意地悪もするけれど、同じくらい甘やかしてあげるよ」  夢というのは確か、願望が現れると言う。 「俺も、光瑠さんが良い……」 「ッ、輝君。本当に?」 「はは、っつうか、もう婚約してるじゃん」 「順番が逆になって本当に申し訳ないと思っているよ。だけど、この短期間で君にそう言って貰えるなんて思えなかったんだ。っていう、言い訳をね……したくなるくらい君は可愛いから」 「俺を可愛いと思うとか、光瑠さんはやっぱり変だと思う」 「どうして?輝君ほど可愛い人を俺は知らないよ」  俺の願望とは言え、こんな風に言われていたら心臓が持たない気がする。 「そろそろ、朝食の準備が出来た筈だから行こうか」  綺麗に食べる光瑠さんを見習って、俺も姿勢を正す。今まではきちんとした姿勢で食べることの意味を見出せなかった。でも、光瑠さんはとても美しく見える。  広海の名にも興味はなかったし、王族も公爵家の人間もどうでも良かった。  他人から見える自分もどうでも良いと思ってきた。でも、今は少しでも光瑠さんの目に映る俺を良くしたいと思う。俺ってもうこの人にすっかり……。  って、あれ、いつの間にか見られていた。っていうか、見つめられている? 「っえ?光瑠さん?」 「ふふ、今日の輝君も」  手を伸ばされて、口の横辺りを撫でられる。 「口元にジャムがついている」  俺って進歩しねぇ……っつうか、子どもじゃん。 「今日の輝君はキッチリ座って、綺麗に食べていたのに。いつの間にか心ここに在らずって感じでボーッとして。何を考えていたのかな?」 「ッ……」  光瑠さんを好きなんだって改めて自覚していた、と素直には言いたくない。 「ふふ、今日のパンも気に入ってくれたみたいで良かったよ」 「ん、凄く旨い」 「それは良かった。ねぇ、輝君。俺としては今晩も輝君の寝顔を見ながら眠りたいんだけど、どうだろう。朝はちゃんと学校に間に合うように送らせるよ」  俺もそうしたい。けど、これ以上、この人を好きになってどうするんだ。一度距離を置いて、冷静になる時間も必要だろうか。ぁあ、だけどあの温かさを知った今、一人で眠れる気がしない。夜が明けるまで、会いたいと心を焦がせるだけかもしれない。 「俺としては毎日、輝君と一緒に過ごす時間が欲しいってことを伝えただけだから、決めるのは今すぐでなくて構わないよ」 「はい……。もう少し、考えてみたいです」 「うん、分かった。家に帰る時は送らせるから、遠慮しないで言って」

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