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第2章 集結、それぞれの想い 3

 真っ黒なその怪物は、人を鉤爪で薙ぎ払うように切り裂いていた。炎に包まれた家々のすぐ近くで、赤い髪をなびかせて青年が何か叫んでいたが、やがてその場を立ち去った。  物陰に隠れていた私に怪物は気付かず、大きな羽根で飛び去っていった。村の人を全員殺し尽くして、次の獲物を探しに行ったのだと思う。奴が行ったのは、私や母、少数の果樹園を営む村人が住んでいる集落の方だ。 「……母さんが……」  血の気が引いた。母が、このままでは殺される――。  道端の亡骸が握っていた銛を手にし、死に物狂いで走った。  蝙蝠の姿をした化物は、人間の何倍もの大きさだった。まともに戦って敵うわけがない。それでも母を守らなければという思いだけで走った。  着いた時には人々の叫び声が響き、家屋は倒壊していた。私の家があった場所も、薙ぎ倒されて跡形もなかった。  化物が羽根で何かを吹き飛ばし、私の立っていたすぐ傍の木にそれが激突する。その「何か」が、よく知った姿形の女性――母であることに気付いた瞬間、私は黒い塊に向けて突進していた。 「ああああっ!」  暗がりから突然出てきた私に夜目の利かない怪物は気付かず、切先がその身体に減り込んだ。さらに力を籠め突き立てると、奇声を発して暴れ、そして私の首から肩にかけて鋭い牙で噛み付いた。 「がぁ……ぐ、う、あぁッ!」  意識を失いそうになりながら、私は最後の力を振り絞って銛を持ち手の部分まで一気に押し通した。  しばらくして目が覚めた。周りを見るとそこは地獄ではなかった。何も無い板敷きの部屋。時折揺れる。外で大きな水音と何か布がはためく様な音がする。  ――船じゃないのか、ここは。  椅子に座っていた私は、立ち上がろうとして失敗した。足元を見ると獣でも縛り付けるのかと思うくらい太くて頑丈な足枷、手にも胴にも鎖が絡み付いている。暴れてもびくともしない。  訳も分からないままどれほどの時間が流れたか、椅子に縛り付けられたまま動くことも敵わず、誰もこの部屋に訪れることもなかった。気が可笑しくなりそうになった頃、赤髪の青年がやってきた。 「君の島は駄目だ。血吸いコウモリじゃないから、全員無駄死にしてしまった」  そう言って男は私の前に立つと突然二の腕を差し出した。 「何の、つもりだ……」 「やはりな、吸血衝動が無いらしい。あの魔物と同じだ」  男は面白そうに笑むと、次は私の島で取れたパパイヤを見せる。喉が渇いている。腹も減っている。ごく、と生唾を飲んだ。 「君はどれくらい食事をしていないと思う? 一カ月だよ、あれから。そんなに経っているんだ。人が、そんなに長い間何も口にしないで生きていられると思うか?」  ――昼も夜も分からなかった。というか、一度も睡魔が襲って来ないので、それほど長い時間が経っていたという感覚もない。 「……私に……何を……」  悲愴を滲ませる私を彼は一笑すると、パパイヤを私の目の前で頬張るとドアの方に向かって歩いていく。 「お前は吸血鬼って化物だよ。僕と同じ、ね」  そう言い残して部屋を出て行った。それきり誰も訪れなかった。 「船が港に着き、しばらく馬車で移動して、牢屋に入れられた。人身売買を担う男に売られ、数か月後にそこを訪れたベルンハルトと出会った。そこれから彼に導かれ共に戦う道を選ぶことになった」  アシュレイは机に寄り掛かると小さく息を吐いた。 その惨状を知らない僕には、到底考えが及ばないだろう。母や島民を殺され、化物に変えられた彼の憎しみが、彼の人生を大きく歪めさせたに違いない。 「……ユリは一体、何を目的にそんなことを」 「どこかの豪族の下に付いて吸血鬼の戦闘員を作っていたようだ。飢餓状態の吸血鬼を戦場に放ち、敵兵士を蹂躙していた。用済みになれば、ユリに始末させていたようだ」  群雄割拠の時代だ。人々は戦争に明け暮れ、互いに殺し合い、奪い合っていた。そこに目をつけ、人々を混沌に誘うために、戦争に吸血鬼を用いることを始めたのは、ユリなのだろう。植民地を拡げていた豪族達にとっては、一石二鳥の素晴らしい提案だったことだろう。 「これで一つ疑問が晴れただろう」 「え?」 「私が果物を食べる理由だ」  「ああ」と彼の意図することが分かって笑みを浮かべた。 「吸血鬼化する魔物を呼び出すのに使った蝙蝠が、果物を食べる種だったから、君は吸血しないんだね」 「そうだ」  だから彼だけが果物を主食とする変わった吸血鬼なのだ。それに、背中に生える羽根も蝙蝠の魔物による特殊能力なのだろう。  不老不死の吸血鬼と蝙蝠の化物としての能力。それを有するのがアシュレイなのだ。  悲劇の夜から、アシュレイはユリへの復讐心を抱いたのだろうか。そしてそれを果たして五百年余り、アシュレイはどうやって生きて来たのだろうか。知る者も知った土地もない世界で、ひとりきりで。 「アシュは……吸血鬼になってから、幸せだと思う時はあった?」  どうしてそんなことを聞こうと思ったのだろう。彼の人生が哀れに思えたのだろうか。  ――いや、違う。アシュレイの幸福が何なのか知りたいと思ったのだ。僕が、その幸福を与えられるように、と。 「……ずっと、探している」  机に寄り掛かっていたアシュレイは、再び僕の正面に立った。彼の表情は穏やかで、金眼が宝石のようにきらきらと輝いている。彼の手が僕の頬を包み、指先が耳に触れ、耳から首筋に添ってぞわっと変な感じがした。 「だが、もう……」  彼の顔が近付いてくる。けれどもう、目が離せない。逃れられない。  こんこん、とノックの音がして心臓が飛び出そうなくらい驚いた。心臓がはち切れんばかりに鼓動しているのは、驚いたからだけではないのは、何となく分かっていたが。  アシュレイが息を吐き、そのままドアに向かって言って無言で開ける。そこにはアリとロビンへの案内を終えたのだろうイェルクの姿があった。 「……え? 今何と」  ぼそとアシュレイが何か呟いて、イェルクが訝しげな表情で入ってくる。 「何かあったのですか」 「いや、何も。ちょっと話をね」  首を傾げるイェルクに笑顔を作ってみせる。平常心を装って書類に目を落とすけれど、心臓の音が邪魔をしてしばらく内容が頭に入って来なかった。  ――アシュレイはさっき、何をしようとした?  もうすぐ、そこに、彼の顔があった。もう少しで――唇が触れそうな距離まで、近く。 「どうしました?」  机に突っ伏した僕にイェルクが心配そうに声を掛ける。あまりに恥ずかしくて、顔が真っ赤になって、それを隠そうと突っ伏したなんて言えない。 「少し、こうさせて」  顔の火照りが覚めるまで、僕はしばらくそうしていた。イェルクに変な心配をかけてしまいながら。  それから、忙しなく二週間が過ぎた。  毎食一緒に食べたいというアリが食卓に加わり、賑やかな食事を過ごすことになった。  というのも、アリは朝から大量の料理を食べ尽くす大食漢で、楽しそうに話しながら食べるものだから、ついつい食べこぼしてしまうのを、ロビンが毎回甲斐甲斐しく拭いてやっているのだが、更にその隣で大量の果物を豪快に頬張るアシュレイの存在もあって、なかなか素晴らしい眺めを見ることができる。  食事の後はアリとロビンは大体二人で何処かに行ってしまい、アシュレイは兵士達の様子を見たり、僕と話したことを大臣のヤーコブや政務官と話し合ったり、外に出て情報収集をしたりしている。僕の方は山積みになった書類がようやく片付いてきて、隣国カーロとの同盟条約を再締結するために使者を派遣するなど、外交面に手を出せるようになった。  そうして、遂に恐れていた一報が届いた。ミヒャーレの無条件降伏だった。  王族は皆バルタジの領内に連行、幽閉され、領地領民は全てバルタジの所有となる旨が書かれた文書が各国に頒布された。そして、我が国アレクシルには、ミヒャーレからの難民を返還すること、またミヒャーレとの国境に建てられた三つの砦を無条件で取り壊すことなどの一方的な要求が送りつけられた。  この事態に緊急会議を開く運びとなり、招集された十数名が広間に集まっていた。 「バルタジは五日のうちに要求を呑み実行に移さなければ、反抗の兆し有りとして宣戦布告すると脅してきています」  イェルクから渡されたバルタジから届いた文書が回覧される。ヤーコブや政務官たちは深い溜息を吐いて頭を抱えた。 「どうするつもりだ」  アシュレイの言葉で僕に全員の視線が注がれる。しばし顔の前で手を組み、考え込む。しかし、どれだけ考えても答えは同じだ。顔を上げ、正面を向く。 「このような横暴な要求を受けるわけにはいかない」  静まり返る広間に僕の声だけが響く。 「難民は我が国に命からがら逃げてきた者たちだ。無慈悲なバルタジに引き渡すわけにはいかない。砦を壊しても、ただ攻めやすくしてやるだけで、何か難癖を付けて侵攻してくるに決まっている。要求を呑もうが呑むまいが、初めから戦争する腹積もりだ」  沈黙を保っていたヤーコブが眼鏡を上げ、立ち上がった。 「失礼を承知で申し上げます。我が国の兵、兵器、兵糧共々バルタジの半分以下……更にバルタジ軍はミヒャーレを落とし士気も高いとあれば、とても敵う相手ではありません」  彼の言葉は二週間前まで、おおよそ国民の総意だったはずだ。しかし戴冠式後の国民に向けてアシュレイが言い放った言葉が今や国中が戦う意志を奮い立たせている。そして、アシュレイとアリという英雄の存在が、勝利への期待を高めていた。 「攻め入られる側だ。こちらに地の利はある。それに兵糧の補充も容易い。遠路はるばる来るんだから、あちら側の兵器は攻城兵器くらいと考えていいだろうし」 「だとしても、兵力差は埋めようが……」  言いながら尻すぼみになる。ヤーコブは賢明で保守的な男だ。彼の意見は絵に描いた餅を実現可能なものとして示すために必要なものだ。 「そう。問題は兵の数だ。僕らにアシュレイとアリが居るとしても、あちらにも吸血鬼が三人居てミヒャーレから組み入れた兵も数に入れたら、難しい戦いになるだろうね」  力を軽んじられていると思ったのか、アシュレイが眉を顰めるのを見て、取り繕うように笑顔を返す。 「王、その事ですが――」  がた、と音を立てて唐突にヴァルテリが立ち上がった。皆騎士団長とは言え、ここで発言するとは思いもよらなかったようで、驚きの表情を浮かべている。 「調査をしておりました優秀な傭兵団について、有力な情報が入りました。総勢三百名の兵を有する『紅獅子団』と言う名の大集団です。兵は皆手練れ揃いで、カーロでの反乱軍鎮圧戦の他、各国で戦果を挙げているとのこと」  末席に座っていたヴァルテリは早足で僕のところまで来ると、持っていた元傭兵仲間から送られてきたと思われる手紙を手渡した。  そこには紅獅子団が参加した戦いの略歴と功績が記されていた。アシュレイとイェルク、そして何と無く興味が湧いたのだろうアリが覗き込む。 「これは期待ができそうだ。早急に手を打たないと」 「はい。私もそう思い、勝手ではありますが既に兵の一人を送らせ、本日帰還したところです」  ドアの前に立っている衛兵にヴァルテリが目配すると、ドアが開いて兵が一人入ってくる。真っ直ぐに僕のところに来て膝をつき文書を差し出す。 「ヴァルテリ様への『紅獅子団』からの書簡です!」  文書を手に取ってヴァルテリの顔を見ると、彼は既に読んだのだろう、大きく頷く。  筒状になった書簡を開くと、力強い筆跡の文字が並んでいた。そこに書かれていたのは、金銭の要求ではなく「共に戦うだけの価値があるかどうかを見極めたい」という旨だった。 「彼等は金銭ではなく、戦う意味や価値を重視するようです。それ故味方した軍から戦況の悪化により離脱したとしても、敵軍に寝返ることはないとの話でした」  傭兵登用で問題に上がるのは背信や内通だ。その可能性が低いと言うのは、戦場を共にする兵達にとって最も有益だろう。 「バルタジも彼等の獲得に奔走したようですが、話をすることさえ叶わなかったとか」 「そうか……それなら、僕等は手紙を受け取ってもらえただけ見込みがあるかもしれないね。あとは面会して団長に気に入られるかどうか、というところか」  僕自身が会いに行ければ一番良いのだが、さすがにこの緊急事態に城を空けるわけにはいかない。アシュレイには戦争の準備や共に戦略を立てる役割があるし、イェルクには日々の雑務の他、カーロとの交渉をお願いしている。ヤーコブはミヒャーレからの難民支援や国内情勢の平常化、更に兵糧と兵の装備、兵器の補充の手配等も頼む必要があり、手一杯だ。戦争まで時間も人手も足りない。  考え込んでいる僕の前に、ヴァルテリが片膝をついて跪く。 「僭越ながら王よ、どうか『紅獅子団』との交渉、私に託しては下さいませんでしょうか。この命に賭けて、必ずや団長を説き伏せ、我が軍に引き入れて見せます」  椅子から降り、膝をついて彼の手を掴んだ。驚いたように目を見開いてこちらを見る。その眼には強い使命感と意志が満ちていた。彼の澱みの無い真っ直ぐな眼差しは、きっと団長の心に火を灯すだろう。 「宜しく頼むよ、ヴァルテリ」 「はい、有難き幸せにございます」  握り返してきたヴァルテリの見た目以上の力強さに苦笑しながら、彼を立たせながら立ち上がる。 「アシュレイ殿、申し訳ありませんが、留守の間騎士団のこと宜しくお願いします。ほとんど実戦経験の無い騎士です。歴戦の勇である貴方から、ご指南頂けると有難い」  アシュレイは「承知した」と頷き、何かを思い出したのか、笑っているのか呆れているのか分からない複雑な表情になる。 「お前の団はとても良く統率されているが……少々綺麗過ぎる。多少型を崩させてしまうかもしれんが、構わないな」  ――綺麗過ぎる。  分かる気がする。彼は弛むことのない張り詰めた糸のようだ。その性格を映したような見事な騎士団だが、戦場では予測不能な敵の動きで混乱に陥ることもありえる。  一度切れた糸はそう簡単に結び直すことは出来ない。その時々で柔軟な対応が求められる。最悪の事態に際して個々の裁量が重要になるのだ。 「はい、助かります。私のような若輩者では行き届かないことばかりで」 「いや、稀に見る良い騎士団だ。誇って良い。だが、今回の相手は吸血鬼を使った卑劣な攻撃を仕掛けてくる可能性がある。それにあの直線的な騎士団がぶつかれば、大きな痛手を負うだろう」  その時、ヴァルテリの表情が豹変した。普段の穏やかな表情とも剣を持つ時の気迫ある姿とも違う、憎々しげに顔を歪めながら、嘲るように笑みを浮かべて強く拳を握っている。 「……ええ、よく分かっています」  「出立の準備をして参ります」とそう言って一礼すると、足早に会議室を出て行った。 「ヴァルちゃんって吸血鬼と戦ったことあるの?」  アリが僕の服の袖を引っ張りながら訊ねる。心当たりが無く、首を傾げる。  我が国はアレクサンテリが統治してこの方、他国と戦争をしたことはない。北の原住民との内戦が数百年続いていたが、それも父の代で解決した。  ヴァルテリが経験した戦いで可能性があるとしたら、彼が傭兵だった頃に参加した他国での戦争、そして数年前の賊討伐戦だ。 「賊討伐の際、彼と彼の属していた傭兵団の功績が讃えられて騎士になったと聞いているけど……それ以上のことはあまり知らないな」  しかし、爵位を与えられたはずの傭兵団のメンバーが、ヴァルテリを除いて騎士団に加入しているという話は聞いたことがない。 「詳細は分かりませんが、賊討伐戦の事実として一つ」  言葉を発したイェルクに視線が集められる。俯き、痛ましげに眉を顰めていた。 「彼の属していた傭兵団『双頭の狼』百名弱は……彼を除いて皆戦死しています」  不意に彼の背中を追うように、彼が去っていった閉じられたドアの方を見た。  目の前で仲間を全て失うという地獄を、その惨状を想像するだけで胸が締めつけられた。そんな絶望を味わった彼は、今までどんな気持ちで騎士団長として騎士団を纏めてきたのだろうか。  ただ言えるのは、彼は決して憎しみや悲しみに流されずに、ただ前を見て生きてきたということ。愚直なまでに真っ直ぐな騎士道は、過去を振り返らないために自分に強いた枷かもしれない。それでも、それがヴァルテリという騎士が生きるために必要だったのだろう。 「その過去があの男を強く、そして、頑なにしたか」  ぼそりと呟いたアシュレイの言葉が、まるで自分自身のことを言っているように思えた。アシュレイは強い、そして少しの隙も与えない。彼が達観しているように思えるのは、自分を殺しているからではないだろうか。五百年のうちに自然とそうなったものではない気がする。  アシュレイは自ら、そうすることを選んだ――? 「ひとまず兵については、ヴァルテリが『紅獅子団』と契約を結べば解決できるかもしれませんね」 「そうだね。あとは戦争に向けて戦略を練らないと」  アシュレイと顔を見合わせ、深く頷く。書物の上の兵法が役に立つかどうか分からないけれど、どうにかして被害を最小限にし、バルタジを撤退、あわよくば敗走させる策を考えなければならない。 「方針は決まった。各自戦争に当たって動いてもらいたい。ヤーコブ、君には既に負担を強いているけど、兵糧と兵の装備、兵器の整備の方も宜しく頼むよ」 「はい、尽力致します」  深々と頭を下げる。彼も決して戦争自体に反対だったわけではないだろう。回避できないなら、納得できる理由が欲しかっただけだ。人の命、国の運命が掛かっている大事なのだ。議論を尽くす必要はあっただろう。 「バルタジには期限の五日を待って返答しよう。できるだけ時間を稼ぎたいから。それでは、解散」  会議室から出ようとした時だった。僕の前に大きな影が立ち塞がった。ロビンだ。 「俺も戦う」  その言葉にアリの顔が一気に青ざめ、ロビンの外套を強く引っ張った。 「どうして! わらわが戦うからロビンは参加しなくていいって言ったじゃないか!」  泣きそうな表情を浮かべて縋りつくアリの頭を慈しむように撫でる。彼を見る緑色の眼は穏やかで優しい。 「アリには防衛と負傷兵の治療に専念させたい。俺は戦争に関しては未経験だが、力には多少自信がある。何かの役には立つはずだ」  フードの奥から覗く瞳から強い意志を感じて頷く。アリを想う気持ちが彼を衝き動かしているのだと分かったから。 「あと、武器を頼みたい。斧を用意してもらうのは可能だろうか。使い慣れているものの方がいい」 「できると思う。大きさはどれくらい?」  少し考えてから、「これくらい」と自分の身の丈より少し大きいくらいを示し、更に「刃の部分はその三分の一くらい」と続ける。二メートル近い大きさと刃の部分の鉄の重量を考えたら、とても人が扱える代物ではない。しかし彼は人を超越した力を持つ吸血鬼だ。そんな怪物級の得物を易々と扱ってしまえるのだろう。 「ヤーコブ、どうだろう」 「時間は掛かりますが可能でしょう。鍛冶屋に話を通しておきます」  眼鏡を掛け直して何か紙に書き付ける。ロビンは不安げに見詰めているアリをまた撫でてから、「ありがとう」と一言呟く。 「心配するな。吸血鬼はそう簡単に死なない」  アシュレイの言葉にアリが俯き、そして小さく頷いた。  肩を落として歩くアリとその隣を黙って歩幅を合わせて歩くロビンを見送って会議室を後にした。アシュレイは騎士団の元に赴くと言って去っていった。  僕はイェルクと共に雑務の山を片付けなければ。それが済んだら戦略を考えよう。勝利を掴むための、希望に成り得る何かを。

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