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第3話
「こんにちは。えっと、牧上 です」
そんな風にして心構えはしていたけれど、家を訪れたのは予想外のお客だった。
すっかり可愛い女の子がいるもんだと飛び出た玄関には、すらっとした背の高い男がいて、ぺこりと頭を下げられた。頭を下げてやっと、俺と頭の位置が同じくらいになる。
「牧上さん……?」
当たり前のように名乗られた名前には聞き覚えがなく、考え込むように首を傾げたら向こうも困ったように眉をへの字にする。
「あの、おばさんに聞いてませんか? 今日からお家に居候させていただく、牧上志信 です」
「まきがみ、しのぶ……?」
フルネームで聞いてもいまいちピンとこない。でも、その話は知っている。なんたって今朝聞いたばかりだから。
ってことは?
「えっと、たちゅ……じゃなかった、竜大くん、だよね? 覚えてない? 俺のこと」
「!」
その呼び方、その声の響き。記憶よりかはだいぶ低くなっていたけれど、俺をそう呼ぶのは一人しかいない。
「もしかして、しの?」
まさか、という思いしかないままに、それでもそれしかない答えを口にすると、その男はぱちぱちとまばたきをしてから、にっこりと笑って頷いた。
「あはは、そっかー。俺のこと女の子だと思ってたのか。そりゃびっくりするよね」
それから。
我が家のリビングにて、今日からの同居人、しの改め牧上志信は愉快そうに笑い声を立てた。どこかあの頃の面影のある、だけどしっかりした男の声、男の姿。
そう、俺のかつての恋人で婚約者は、まごうことなき男だったのだ。
まきがみしのぶ、だから『しの』だ。
そりゃ確かに一度もスカート姿は見たことがなかったし、はっきりと女の子と聞いたわけでも、ましてやものすごく女の子っぽかったわけでもない。
それでも。それでも可愛かったんだ……! 誰にも渡したくないと思う程に可愛かったんだ!
それに誰が自分の好きな、笑顔の可愛い相手を男かどうかわざわざ確かめるかってんだ。
勘違いした俺は悪くない。訂正しなかった周りが悪い。断じて俺のせいじゃない。
「……それにしたって、見事に育ったな、お前」
「まあねー。中学に入ったくらいからぐんぐん伸びちゃって。でも顔はそんなに変わってないでしょ? って、覚えてないか」
「いや、面影はある。っつーか、言われればそのまんま『しの』だな」
「まあそりゃ『しの』が俺だし」
驚きで色々吹っ飛んでいたけれど、こうやって改めてちゃんと見れば確かにしのの顔をしている。あの時のしのをそのまま男っぽく成長させたらこうなるってのが簡単に想像出来る。
もちろん男だとは思っていなかったからそんな想像なんかしたことはないけれど。
中学で身長の止まった俺とは反対に、しっかりとした成長期があったらしくバスケでもしたら大層活躍するだろう背の高さだ。それだけじゃなく、すらりとしたバランスのいいスタイルの良さとこの顔じゃあ大層モテるだろう。
そりゃモテるだろう。かっこいい男だし。男だし。男だからな。
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