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第4話

「……マジでお前なのか」  存在を知らなかった兄貴とか、そういうオチはないんだろうか。  本当にしのはいないのか。色々言った挙句、やっぱり兄弟だったってことで可愛い俺のしのが笑って出て来るってことはないのか? ……ないのか。 「うん、なんかごめん。あー、そっか。じゃあ可愛い女の子と同居すると思ってたのか。それは悪いことしたなー」 「いや、悪いのはお前じゃない。はっきり言わなかった母さんだ」  あまりに俺ががっくりしているからか苦笑いで謝られてしまったけれど、確実に悪いのは俺でもこいつでもないと思う。 「でもほら、普通大学生の息子一人のところに女の子を住まわせたりはしないでしょ」 「まったくもってその通りだからそわそわした」  そりゃ疑問に思った。それはまずいだろうと思った。だけどもしかしたらそういう非日常な展開も人生には起こり得るかもと考えてしまったんだ。  しかしながら、よく考えなくてもこれが当然の展開だろう。  この場合幼馴染み、というのは少し違う気もするけど、ともかく昔の友達が大学の都合で家に下宿する、ただそれだけの話でなんの問題もない。  ただ、俺のテンションががくんと下がっただけ。 「まあいいや。なんかどっと疲れたけどほっとした。……あー、なんて呼ぼう?」 「なんでもいいよ」  今さらだけど、自己紹介よりも先に盛大な誤解を解いていたから、最初にするべきやりとりをなにもしていない。  とりあえずこれから一緒に暮らしていくにあたって、まずは呼び名を決めようと悩む。  さすがにこの年で、というか女の子だと思って呼んでいた「しの」という呼び名では恥ずかしいし、だからといって名字呼びも今さらという感じだ。 「そうだな、じゃあ、志信で」  結局そんな無難な呼び名で落ち着くと、今度は代わりにしの……志信が首を傾げた。 「俺はなんて呼んだらいい?」 「あー、なんでも」 「んーと、じゃあ俺は竜くんにするよ。『たちゅ』じゃ恥ずかしいもんね」  照れたように頬を掻く志信は、竜くん、と口に馴染ますように何度か呼んでから小さく微笑んだ。  その笑顔はあの頃の面影を残したまま、だけどしっかり大人っぽくなっていて、しかもちゃんと男で、その事実を複雑な気持ちで受け止める。  確かにここにいるのは俺の「しの」だけど、女の「しの」は男の「志信」で、つまり婚約者のあれこれっていうのはやっぱり無効なわけで。健全な男として期待していた分、がっかりしてしまうのは許してほしい。 「えっと、女の子じゃなくてごめんだけど、これからよろしくお願いします」  短い夢を見ていた俺の残念に思う気持ちを表情から読み取ったのか、志信はそんな一言を付け足してから改めて爽やかに笑って手を出してきた。 「こちらこそよろしく」  その手を握り、俺たちは多少ぎこちないながらも久しぶりの再会と、同居の始まりを祝った。  そんな初々しい出会いをしたのが、一週間前のこと。

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