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第5話
マリアスの掌に再度文字を書いて、心情を伝えた。
「大変有難い申し出ですが、神殿の方が落ち着きますので。神事を滞りなく務める為にも神殿に入りたいと存じます。心配りは頂戴致しますので、どうか、わたくしの我が儘をお聞きいれ下さい、とおっしゃっております」
と、マリアスが伝えてくれた。
長い指文字に疲れたのが本音だ。
簡素に書いて、マリアスに伝えてもらえばよいのだけど。
皆が自分の手元を見ているので、それも出来なかった。
二千年近く存続ているイリス王国の言葉が、周辺諸国の公用語になっているので、誤魔化しがきかないのだった。
文化の発祥地、などと浮かれている場合ではない現状に陥っていた。
「神官殿は神殿がよいと言っているのだ。それでよいではないか。人とは話せないが、神とは話すのだろう?」
と、王だと思われる人が言った。
暗に、
神事を成功させろ、と言われたのだ。
僕は伏せていた顔をあげて、会釈した。
肌を晒さないように頭から薄布が垂らされているので、顔は見えないはずた。
こちらからも相手方の顔がわかりにくいし。
退出を促され、曲げたままだった両膝を伸ばした。
膝ががくがくと震えている。
膝を床についた方が、かなり楽な姿勢のはずだ。
神職とは理不尽な縛りがありすぎる。
立ち上がったマリアスが入室時と同様に前を歩きだした。
とっさにその手を掴んでしまった。
歩みを止めて振り返った口元が弧を描いていた。
「どうなされました?」
と、マリアス。
布越しに、声を出さずにゆっくりと口を動かした。
『足が震えて歩けない』
と、伝えた。
マリアスは僕の側にきて、手を取り、歩きだした。
エスコートされる格好になったが、女神官として遣わされた僕には格好の女性をアピールする場になったわけだ。
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