5 / 10

第5話

マリアスの掌に再度文字を書いて、心情を伝えた。 「大変有難い申し出ですが、神殿の方が落ち着きますので。神事を滞りなく務める為にも神殿に入りたいと存じます。心配りは頂戴致しますので、どうか、わたくしの我が儘をお聞きいれ下さい、とおっしゃっております」 と、マリアスが伝えてくれた。 長い指文字に疲れたのが本音だ。 簡素に書いて、マリアスに伝えてもらえばよいのだけど。 皆が自分の手元を見ているので、それも出来なかった。 二千年近く存続ているイリス王国の言葉が、周辺諸国の公用語になっているので、誤魔化しがきかないのだった。 文化の発祥地、などと浮かれている場合ではない現状に陥っていた。 「神官殿は神殿がよいと言っているのだ。それでよいではないか。人とは話せないが、神とは話すのだろう?」 と、王だと思われる人が言った。 暗に、 神事を成功させろ、と言われたのだ。 僕は伏せていた顔をあげて、会釈した。 肌を晒さないように頭から薄布が垂らされているので、顔は見えないはずた。 こちらからも相手方の顔がわかりにくいし。 退出を促され、曲げたままだった両膝を伸ばした。 膝ががくがくと震えている。 膝を床についた方が、かなり楽な姿勢のはずだ。 神職とは理不尽な縛りがありすぎる。 立ち上がったマリアスが入室時と同様に前を歩きだした。 とっさにその手を掴んでしまった。 歩みを止めて振り返った口元が弧を描いていた。 「どうなされました?」 と、マリアス。 布越しに、声を出さずにゆっくりと口を動かした。 『足が震えて歩けない』 と、伝えた。 マリアスは僕の側にきて、手を取り、歩きだした。 エスコートされる格好になったが、女神官として遣わされた僕には格好の女性をアピールする場になったわけだ。

ともだちにシェアしよう!