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第4話
「天候が悪い中悪路を遠路遥々お越し下さいまして、光栄至極に存じます、神官殿。わたくしは政務官のヤナールでございます」
と、中央に座っている王であろう人物の右側の男が言った。
伏せた顔では相手の表情は窺えない。
機能的な長衣を着ているのだけはわかった。
「『晴 れ乞 い』の神事はいつ出来る?」
と、中央からよく通る低い声がした。
思わず顔をあげそうになって、ぐっとこらえた。
「日和見 の結果次第、早々に執り行いと存じます。このまま神殿の方に居を移したいのですが構わないでしょうか」
と、マリアスが臆することなく答えた。
初対面のはずなのに、一国の王に向かって堂々と言ってのける神経の図太さに感心した。
「長旅のお疲れもあるようですから、こちらの西宮 に部屋をご用意させておりますゆえ、ごゆっくりなさってから誓詞 をお務め下さい」
と、先程と同じ政務官が言った。
宮殿に留めておきたい理由でもあるのか?
すぐに神殿に引っ込めさせてはくれないようだ。
「どういたしましょうか? 第四位様」
と、マリアス。
名前でも神官様でもなく、神官位で訊かれた。
話せない設定だからマリアスの手を掴んだ。
長袖で隠れた手が皆の目に触れるが、白い手袋を嵌めているので素肌は晒していない。
僕はマリアスの大きな掌に一文字ずつ書いていく。
その様子に周囲の視線が集まっているのがわかった。
「早くイリ神の源 に行きたい、とおっしゃっておりますが」
「唖 か」
と、王だろう人の蔑んだ言葉。
だろうとは、挨拶をされていないからだ。
タスマニア王国にもイリ神殿は存在している。
それなのに、自国の第三位の神官を使わずイリ神教発祥地であるイリス王国に、神官の依頼を申し出た側の長からの挨拶がなかったのだ。
否、すでに『晴れ乞い』は行われた可能性が大きい。
神事を執り行っても、長雨は止まなかったのだろう。
この自尊心の塊のような王が他国に頼み事をしたのだ。
苦渋の決断は、官吏達に押しきられたに違いなかった。
「恥ずかしながら、我が国のイリ神殿には、要人をもてなすお部屋が存在致しません」
と、政務官が言った。
思わず顔をあげて、僕はマリアスを見た。
すっと焦げ茶色の双眸が細められた。
言いつけを守れなかった僕を非難した顔だった。
要人扱いなのか。
客人より上の扱いなど必要ないのに。
僕が神官位を持たない万年見習いだとわかれば、本当に戦争になりかねない事態だった。
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