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第8話

「『晴れ乞い』はいつになる?」 と、タスマニア王に間近で問われた。 僕より頭一つ分は高い所から声が降ってきた。 マリアスも背が高いが、彼以上に背が高かった。 掌を差し出されて、その大きな白い手に指で文字を書いていく。 『騒がしくて、準備に集中出来ない。人払いをして欲しい』 と、伝えた。 「神殿がよいと言った張本人からの申し出か。宮殿で方が住みよいものを」 と、笑われた。 薄布越しに見上げるが、笑うと若く感じられる王だった。 いくつだろう、そんなことを思っていたら、 頭から被っている薄布を取られた。 声が出そうになって、大きく息を飲み込んだ。 はっきりする視界に、長い銀髪と紫色の瞳の男がいた。 タスマニア王の容姿は、貴族の少女達が読み(ふけ)る絵物語から出てきたような王子様像そのものだった。 強いて言えば、少し年がいっていたが。 癖のある銀髪は首の後ろで(くく)られていた。 水色の長衣を身に(まと)い、文官のような格好をしていた。 「もっと巫女姫のように少女らしい顔立ちだと思ったんだが、中性的な顔なのだな。長い真っ直ぐな黒髪に黒目に白い肌。イリスの王族か」 と、タスマニア王だ。 成人したばかりの僕は、まだ青年らしい顔付きになっていなかったのが幸いした。 まだ、男だとはばれていない。 「随分、貧相な体だな。イリスの神殿では食事もろくに与えられていなかったのか?」 神殿の奥で、本を読むことしか出来なかった僕は、食事をするのも億劫になる程に、神殿の蔵書や学術院の書籍を読み耽っていた。 そんなふうに成長期の6年間を過ごせば、身長は人並みに伸びたが、体重は増えず、痩せすぎた体になってしまっていた。 「今夜は新月だが、満月まで待たす気か。それとも次の新月までか。王都まで水浸しになってしまうぞ?」 と、タスマニア王だ。 『私は月読(つくよみ)は苦手です』 と、指文字で伝えた。 月読は月や星の動きを見る夜空の天文系。 僕は日中の風や雲の動きを見る日和見の方が得意だった。 「大神官殿は、今年の初新月で神託を受けていたな。『北風(ほくふう)(さら)われる。水難の相あり』と」 よかった。 ちゃんとイリ神殿を介して伝わっていたようだ。 「これはすべてタスマニアの現状を指しているのかな? 神官殿」 『神の神託はあくまで気をつけろという、思し召しにすぎません。場所や時期を限定出来るものではありませんよ、陛下』 「イリスとタスマニアは大河クスリス川で結ばれているのに、河口にあるイリスに災厄が及んでないという。上流で災害にみまわれているのに、河口ではない。おかしなこともあるものだ。自然の摂理をねじ曲げるほどの御加護がイリスにはあるようだ」 『陛下は神を信じておられるのですか?』 僕の問い掛けに、タスマニア王が瞠目した。 「神官の言葉とは思えぬ。朕が口外したら、神官殿は破門されるぞ」 『心配して下さるのですか。お優しいのですね』 と、僕は自然と自嘲していた。

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