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第9話

イリス王国からタスマニア王国に入ると、雨が降っていた。 しとしと降る優しい雨だった。 大雨と聞かされていたが、災害を及ぼすような雨量ではなかった。 途中、大河クスリス川に沿って馬車を走らせたが、濁った水で増水はされていたが、氾濫水域に達するには程遠かった。 大河クスリス川に注ぐ支流の川が氾濫しているのかもしれないが、そこまでの情報は耳にはいってこなかった。 雨乞いではなく晴れ乞い。 天候系は得意だが、晴れ乞いは誓詞が少ない。 水を欲することは命の(みなもと)だから多いが、日照りを望むことは少ないからだ。 暗記している誓詞の中から、太陽を称える誓詞を探しだした。 形だけだから、まぁ何でもよいんだけどね。 単身神殿にやってきた王に敬意を表し、今夜日付かが変わった時に、神事を執り行うことになった。 神官長が、慌ててイリ神像の周囲を豪華絢爛に飾りつけていった。 本当は飾りなどいらないのに。 祈りを捧げる神官の四方に、篝火(かがりび)燭台(しょくだい)かあれば済むのだ。 供に祈りたいという神官長達を、神聖な場作りの妨げになると言いくるめて退けた。 見届け人にタスマニア王がなった。 神官長が最後まで自分も同席したいと言っていたが、王の一声て引き下がってくれた。 結界の外には白い礼服のタスマニア王がいた。 人払いされた結界をはった神聖な神殿に、篝火の松明の火の粉が小さな音を立てて飛び交っていた。 透けるような白い長い祈祷衣を着て、イリ神像の足下に素足で立ち、愛と戦いの女神を見上げた。 イリス王都のイリアの神殿で見慣れた女神像より、かなり若く見えた。 3日しか滞在していないが、僕の顔を覚えてくれただろうか。 貴女(あなた)の大好きなイリス人だよ。 血はかなり薄くなったが建国王の血統だよ。 僕は磨きあげられた黒い床に両膝をついた。 『愛と戦いの女神』に晴れ乞いをする。 専門外だが聞き入れてくれるのか。 (はなは)だ疑問だが、誓詞が存在するのだから、寛容な女神は些細なことは気にしないのだろう。 マリアスに持つように言われた誓詞書は結界の外だ。 口がきけない設定だったが、頭の中で唱えるよりも、口述する方が効率がよいので、誓詞を暗唱していった。 暗唱か終わると、イリ神像の足に、右から口付けをし左足にも口付けをした。 見上げると、女神像が微笑んだ気がした。

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