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早朝。
換算とした駅で遠野を見送り、こっそりマンションに戻ると春也がリビングで丸くなって寝ていた。引っ叩いた頬は幸い腫れていない。手にはスマホを握りしめている。風呂にも入らなかったのか服は昨日のままだった。
僕は自室へ行き、プライベート用のスマホをチェックした。案の定、春也から何度も連絡が来ている。マナーモードになっていたからここにあると気づけなかったんだろう。
リビングに戻り春也を揺すり起こした。
春也はうっすら目を開けて二、三度瞬きをした後、ハッとして僕に抱きついてきた。
「ごめんなさいっ、俺……馬鹿なこと言って」
「……その話は後にしよう。君も僕もこれから仕事だし」
謝ってきた春也を半ば無視するようにそう伝えると、青い顔で僕のシャツを掴む。
「わ、別れたくない。衛さん、謝るから」
「でも相手の女性、妊娠してるんだよね?」
「それは……ちゃんと、話し合うから」
「相手は浮気だって知らないんだろう? 男と天秤にかけられて、身重なのに捨てられるのは可愛そうじゃない?」
「だけど」
「埒が明かないから、帰ったらにしよう」
春也はがっくりうなだれていた。
僕は自分で思っていたより冷静に話せている。時間を置いて、色々と考えることができたと言うのが大きいだろう。遠野にも味方をしてもらえたので心に余裕がある。
僕が二人分の朝食を用意する間、春也はシャワーを浴びに行った。朝食ができた後、僕も着替えをすませる。
リビングに戻ると食事を前にして風呂から出たばかりの春也が俯いて座っていた。
「食べない?」
「……仕事終わったらここに帰ってきてもいい?」
「別にいいけど君の本命は僕じゃないんだろう? 帰るって言うなら彼女の家にしたらどう」
我ながら冷ややかだ。そう思っていたら、春也が急にテーブルを叩いて立ち上がった。
顔を真っ赤にして目を潤ませている。
「謝っただろっ。なんで許してくれないんだよ!」
「許すも何も……。僕らが言い争っても現状は変わらないし、有耶無耶にして困るのは君だろう?」
「美香とはちゃんと話し合うって言っただろ!」
相手の子の名前は始めて聞いた。
僕は顔を真っ赤にして憤慨する春也を正気に戻らせる言葉を探した。そして一番言われたくないだろうところを突いた。
「じゃあ、堕ろさせるの?」
春也の顔が強張る。
彼には僕が悪魔に思えるだろう。謝ったのに許してくれない。関係を続けないなら子どもを堕ろさせろと言う。しかも今後について一緒に悩んでもくれない、と。
それでも突き放すしかなかった。
男しか好きになれない僕とは違い、春也は女性でも平気だ。それなら世間的にもそうした方がいい。
僕だって女の人が好きになれたもうとっくの昔に結婚している。
「……君は異性と言う逃げ場があるからゲイバレも怖くないのかもしれない。でも、僕は違う。
地元でバレた時、酷いいじめにあったし、結局は親にも勘当された。怒ってるから突き放すんじゃなくて、経験から君のためにも別れた方がいいと言ってるんだ。
できちゃった結婚でも、結ばれるならその方がいいよ」
「でも、俺……衛さんが好きなんだ」
春也の目からぽろぽろと涙が落ちる。
「本当に好きなのに」
バーで知り合った時と同じだ。好き、好き、と。そこに嘘はないだろうし軽い気持ちで言っているわけでもないのだろう。だって僕はこの五年、彼からの愛情を疑わなかった。
ただ、好きだからこそみんなに紹介したい。祝福してもらいたいと言う春也の願いを叶えてあげられないだけだ。
僕といるなら必ず偏見の目はついて回る。中には寛容な人もいるかもしれない。だけど法律上認められていない関係はどこまで行っても脆弱だ。
外に救いを求めた春也をいつまでも僕に縛りつけておくのは可愛そうだった。
今は僕と一緒にいたいと言ってくれている。でもいつかきっと春也はこの関係を窮屈に感じる時が来る。
「僕も好きだよ」
春也の涙を拭ってあげながら切なくなる。
本当にいつの間にか大好きになっていた。
だから春也もきっとそう言う風に彼女を大好きになる。いい家庭を持てる。
僕とは掴めない幸せが春也を待っている。
「ごめんね、冷たいことばかり言って」
春也はまるで子どものようにわっと泣き出して、僕の胸にすがりついた。
テーブルの上の二人分の朝食が、何だか物悲しかった。
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