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明けても暮れても、僕一人。
春也の引っ越しが終わると、部屋は無駄に広くなった。
ネットサーフィンしているうちに、そう言えばペット可だったことを思いだし、室内犬の飼い方や猫のための部屋作りなんかを調べているうちに日が暮れた。貴重な休日……と思ったが、楽しみもなにもない休みは特に貴重とも思えなかった。
「猫、飼っちゃおうかな……」
会社には社員用掲示板と言うものがあり、好きにメモを貼ることができる。給湯室にお土産物があるとか、落とし物の確認とか。前に子犬が産まれたから引き取ってほしいという張り紙があったから、猫が飼いたいので譲ってほしいとメモを残しておけば、初期費用は道具代くらいですむはずだ。
多分、もう恋人らしい恋人はできない。一人で寂しく年をとるならペットでいいから近くにいてほしかった。
飼う子が決まったら、うんとよくしてやろう。
登るための棚も必要だから取り付けてやった方がいいだろう。食事もよく考えて、長生きしてもらおう。
パソコンを閉じ、夕食の準備を始めるために立ち上がった。キッチンへ向かい、冷蔵庫から食材と缶ビールを出す。飲みながら料理しようとプルタブに指をかけた時、リビングに置いたままになっていたスマホが着信を知らせてくる。
誰だろうとリビングに戻りスマホを見ると、知らない番号からだった。一応電話に出ることにする。
「はい」
耳に当てて応答したが返事はない。
「あの、どちら様ですか」
電話の向こうで何かごそごそと音がする。
いたずら電話かと思って切ろうとした時、声がした。
『ふざけるな!』
それだけはっきり聞こえ、あとは何かにぶつかったような音がして通話が途絶える。
僕は聞こえてきた声を頭の中で反芻した。
知っている声だった。でもあんな風に怒鳴ったところは聞いたことがない。
「遠野……だったのか……?」
自分に確認するように呟く。
聞こえてきた声は遠野に似ていた。
だが、遠野の番号は上司として控えてある。いつものスマホからの連絡なら名前が表示されたはずだ。
何となく嫌な感じがして、遠野のスマホに連絡を入れてみた。休日に上司から電話だなんて嫌だろうが、許してもらうしかない。もし間違いだったら何か謝意を示すものを後で贈ろう。
遠野が電話に出てくれるように祈りながら何度かコールする。
そろそろ留守電に切り替わりそうだと思った時、電話が繋がった。
「遠野」
心配で名前を呼ぶとやや間を空けて『部長』と呼ばれた。
『何か、ありましたか?』
「え、あ、いや……」
この様子だとさっきの電話は僕の勘違いだったんだろうか。
「ごめん、さっき変な電話があって」
『そうですか』
「うん、遠野の声かと思ったんだけど、知らない番号だし、僕の勘違いだったみたい」
ごめんねと謝ろうとした時、遠野が短く叫んだ。
「え?」
『違っ……ぁ! いや! 嫌だっ、やめろ!』
『……じゃ……い……ろ』
遠野の声とは違う声が僅かに混入する。
どうしたのか尋ねる前に通話が切れた。
これは、ひょっとしてあの仕事中だったのだろうか。そうだとしたら申し訳ないことをした。
そう赤くなって反省したが、そうだとしたら変だ。最初にかかってきた番号は僕が知らないものだった。
危ない予感がして僕は車のキーを持って外へ出た。
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