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 夜は本格的に冷え込むようになってきた。それでもまだ日中の日差しは暖かく、ここ数日は行楽日和が続いていた。  社員旅行もまだ先だが予報では晴れ。ほとんど室内での活動になるが、雨が降っているよりは晴れていた方が気分がいい。  昼休みに十五分だけと秘書部の森戸に頼まれた打ち合わせを終えてお弁当を取りにデスクに戻ると、遠野がひとりパソコンに向かっていた。  傍らには紙コップのコーヒーに、クッキーのような栄養補助食品が置いてある。 「……大丈夫?」  声をかけたが、耳に入っていないみたいだった。眉間に深くシワを刻み画面を睨み付けている。  遠野には珍しく、ここ数日は書類上のミスを頻発させていた。ほとんど毎日青い顔で直している。それを隣の席の安達がフォローしてコーヒーや菓子を差し入れていた。 「遠野」  少し声を大きくして呼ぶと、やっと気づいてくれた。 「すみません、もうすぐ終わりますから」 「いや、急かしてるわけじゃないよ。お昼ちゃんと食べないと」  ミスが多いとはいえ今のところ実害はない。遠野が抱えている仕事の期限はまだ先のはずだ。 「こん詰めてがんばらなくても大丈夫だよ」 「でもあの、本当にもう終わるので」  僕は時計を見てから遠野に向き直る。 「止めはしないけど、ちゃんと食べないとダメだよ」 「すみません」  しょんぼりした遠野に何だか胸が痛む。ここ数日あまり顔色がよくない。  僕だってテキパキ仕事ができる方ではないし、ミスもする。部下にフォローしてもらうことだって少なくない。この前も春也に書類を届けてもらったし。  そういえばその日からだ。遠野のミスが目立つようになったのは。最初は「そういうこともある」くらいに思っていたが、連日となると少し不安になる。  勤務背景を知っているだけに。  もしストロベリーパートナーの仕事がこっちに差し支えるようなら、流石に辞めてもらわなくてはならない。どうしても辞められないと言っていて、理由は話したがらなかったが、そこについても話し合わなくてはならなくなる。  明日は土曜だが、この調子だと遠野は出勤してくる気がした。  そんなことを考えながら遠野が仕事を切り上げるまで待っていることにした。  放っておいたら結局、休憩を取らない気がする。  案の定、遠野は僕の方をちらちら見て「部長、お昼は」と聞いてきた。 「社食おごってあげようかと思って。前にお昼もらったし」 「あ……」  こっちを向いていた遠野の顔が赤くなる。照れているのかと思ったが、どうやら様子が変だった。  ぐっと顔を下に向け「お返しがほしかったわけじゃないので」と低い声を出す。 「でも」 「やめてくださいっ」  遠野が椅子を引っくり返して立ち上がった。  びっくりして僕が黙ると「すみません」と声を震わせて謝った後、事務所を出ていってしまった。  追いかけるに追いかけられず、僕は結局一人で給湯室で食事にした。  午後の始業時間になると遠野が目を赤くして戻ってきた。事務所全体が何となくざわつく。さっきあのまま出ていって泣いていたのだろうか。  泣かせてしまったと思うと罪悪感で一杯になる。謝りたい。でも、何が悪かったのかわからない。  社食は時々、部下におごっている。だから遠野に対しても深い意味はなかった。おごる、というのがプライドを傷つけたのかもしれない。もしくは返済が間に合わないとか、妹の容態が急変したとか、プライベートでの問題で不安定になっているのかもしれない。  わからない。  話してほしかった。デリケートな話題だけに僕からは図々しくて聞けない。それにまた変なところをほじくって泣かせたくなかった。

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