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9番
ソラは眩しい光に気づき、目が覚めた。
そこは知らない部屋の中。
ベッドはユノといた真っ白なものじゃなくて、青い水玉の布団。
机の上には開いたノートの上にシャーペンが転がっている。
ソラは布団の上でぼーっとしていると、誰かが部屋に入ってきた。
黒髪のぱっとしない平凡な顔……まさしく、自分だった。
「嘘……何で……」
もう一人のソラはリュックに本やノートを入れ、部屋を出ていく。布団の上にいる自分には全く気づかずに。
ソラはそのまま彼を追いかけていくと、家にいる女性には何も声をかけずに彼は家から出て行った。
女性は新聞を読む男性に「ねぇ」と気だるげに声をかける。
「あの子、いつまで預かる気?」
「高校卒業するまでだ」
「卒業するまでって……先月入学したのよ?まだ三年もあるじゃない。他の親戚の人たちには任せられないの?」
「今回は俺達の番なんだ。そういう約束だ。代わりに生活費はアレの母親の遺産から貰えるし、俺達の懐は痛まないからいいだろう?それに世間の目もあるし……」
ソラはじくじくと胸が痛む気がした。
聞きたくない。
ソラは二人の会話から逃げるように家を出た。
家の外は見覚えのあるお店や道、いつも見かけるご近所さん……そうだ、ここは通学路だった。
前には、ゆっくり歩いている自分がいる。
(学校、嫌だったなぁ……)
ふと思い出す学校のこと。
特に誰とも仲良くせず、授業を淡々と受ける毎日。
前を歩く自分の背中は何だか重そうだ。
少し歩くと通行量の多い交差点に差し掛かった。
(ここ、何か嫌だ)
歩行者用信号が青になり、音楽が流れ、もう一人のソラはゆっくり渡っていく。
(ダメだ、そのまま渡ったら……)
すごいスピードでトラックが近づいてくる。
周りの人達が何かざわざわとし始める。
しかし、彼は気づかずに渡り続ける。
「……ソラッ!!」
自分を呼び止める声に後ろを振り返った。
ーーー
「ソラ!!ソラ!!」
大きな声で、ユノは必死に鉄格子にしがみつきながら、僕のことを呼んでいる。
「ここはどこ?」
「ここは9番の部屋。他惑星への転移装置の部屋だ」
周りを見ると、僕は銀色の箱のようなものに入れられており、箱に取り付けられた窓からはユノとアルビータが見える。
アルビータは箱の横のタッチパネルを動かしている。
ユノの瞳は怒りで真っ赤になり、その瞳はアルビータに向けられている。
「アルビータ、ソラを攫うなんてどういうつもりだ……!」
「ソラの記憶を返し、元いた星に返す。その為にソラを攫ったんだ」
アルビータは鉄格子を挟んで、ユノに淡々と答える。
「ユノ、君たちはヒューマノイド だ。そして、ヒューマノイドの祖先はソラ達、地球人だ。僕は地球の未来を見た」
「地球の未来……?」
アルビータは何を言っているんだろう。
「ソラの記憶を全部返した」
「……僕は学校に行く途中、トラックにはねられた」
「本当なら、ソラはトラックにはねられる未来が待っていた。けれど、ユノ、君はソラをこの宇宙船に転送し、ソラを救った」
「どうして、僕を……?」
ユノは鉄格子にしがみつきながら、ぽつりぽつりと話し出した。
「一年前、僕はこの地球という星の観察を任された。その途中、たまたま見ていた場所にソラがいたんだ……。僕は、息が止まるかと思った。胸の中のアルヌータスが響き、ソラだけは輝いて見えた。
ソラを知れば知るほど、君が愛に飢えていることが分かった。僕が傍にいれば、どれだけでも愛を注いであげられる……新しい未来をあげられる。そんな時だ、君が死んでしまうかもしれない事態を目にしたのは」
僕のそばにいてくれる優しい恋人。
記憶を取り戻しても、それは変わらない。
「僕は何も考えず、咄嗟に君を宇宙船にワープさせた。……そして、記憶を書き換えた」
「記憶を書き換えた?」
「得体の知れない宇宙船は怖いだろうと思って……都合のいいように書き換えた。ソラに拒否されるのは怖い……。ソラが記憶を呼び起こしそうになる度に、僕は君の記憶を書き換えて……頼む、ソラを返して」
鉄格子に縋り付くように、ズルズルと膝をおる。
「ユノ、君はソラとセックスする度にソラの記憶を押さえつけてたみたいだけど、今回は無理だったみたいだ」
アルビータはタッチパネルを操作しながら話し始めた。
「私は水晶を使って、未来を予測することができるアールメア星人。昨日、地球が滅亡する未来を見た」
「……そんな未来、わかりきっている事だ」
ユノはアルビータを冷たく睨むが、アルビータは気にせず話し続ける。
「地球の滅亡する時間が早まった。ユノ、君がソラの時間軸に関わったせいだ。この世界は様々な時間線や空間で構築されている。微妙なバランスを保ちながら。しかし、起こるはずの未来を切ったせいで、地球滅亡の時間は早まり、地球人たちはヒューマノイドの進化を待たずに滅亡する。つまり……」
それって……
「ユノが消えていなくなる」
ユノが消えてしまうなんて……。
ガシャンとユノは鉄格子を力任せに叩く。
「構わない!ソラがいなくなる未来の方が、よっぽど辛い……!」
「けれど、ユノだけの問題じゃない。ヒューマノイド全体の問題だ」
アルビータは冷静に答える。
アルビータはユノと僕のことを考えてくれているんだ。
これが最良の答えなら、ユノが生き残るなら、僕は進んで地球での未来を受け入れよう。
「本当は内緒で君を転送しようとしていたんだけど、ユノに気づかれてしまった。鉄格子を閉めておいて良かった」
口元を隠したアルビータの表情はやっぱり読み取れないけど、目は少しだけ悲しそうだった。
そして、鉄格子の向こう側で項垂れているユノに、僕は声をかけた。
「ユノ、僕のこと、好き?」
その言葉にユノは反応し、何度も何度も頷く。
「好きだよ……好きだ……」
良かった。
「僕も、大好きだよ」
どんなに遠く離れてても、記憶がなくなっても、ユノのこと感じていたい。
僕の中にもアルヌータスがあるなら、響かせて欲しい。
光に包まれながら、僕は恋人のことを想い続けた。
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