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第2話
僕はぽろぽろと涙を零しながら、高校の時から働いている弁当屋――さすがに今はバイトではなくて正社員だけど――の賄い弁当を口に運んだ。美味しいはずなのに、ちっとも味がしない。
こういう時、人はどうやって淋しさを紛らわせているんだろう。
恋人に慰めてもらったり、友達に話を聞いてもらったり、もしくはペットを抱き締めたりするんだろうか。
生憎僕には恋人も友達もいないし、ペットを飼うお金も無い。
職場の人達は付き合いは長いけれど、友達と呼べる程気安い存在じゃない。
僕にはずっと明良しかいなかった。
でも、明良ももう、僕の側にはいない……。
「明良ぁ……」
進学した弟に『淋しいから帰ってきて』なんて情けないことは絶対に言えない。
それこそ僕は、死にもの狂いで毎日必死に勉強していた明良の姿を、一番近くで見ていたのだから。
それに明良も、自分のこと以外全く楽しみを見いだせない兄のことを案じて、出て行ったのだろうから……。
ガタタッ ガシャン!
「!?」
突然、玄関の外で何か物が倒れたような割れたような、派手な音がした。僕は何故か弾かれたように立ち上がり、走りながら勢いよく玄関のドアを開けた。
「明良!? いや、え……っ?」
廊下には、人がうつぶせに倒れていた。スーツを着た男性で、どうやらうちの玄関先に置いていた植木鉢に足を取られたらしい。
別に邪魔になるところに置いていたつもりはないんだけど……というかこの人、全く動かないんだけど?
「あ、あの……大丈夫、ですか?」
顔の近くで声を掛けてみたけど、やっぱり無反応だった。
困った。こういう時って救急車を呼ぶべきなんだろうか?110番……いや、それ警察。救急車は……そうそう、119番だ!
「腹、減った……」
「えっ」
僕の聞き間違いでなければ、今この人は『腹減った』と言った。なんと、この現代日本に空腹で行き倒れる人がいるなんて!……まあ、そういう状況に全く身の覚えがないわけじゃあないけども。
とりあえず僕はその人をなんとか部屋の中に引っ張り込んで――僕よりだいぶ身長も高いし、身体つきもがっしりしていた――冷蔵庫に作り置いていた食事を与えたのだった。
*
「本当に助かった。礼を言うぜ」
「ど、どういたし……まして」
彼は一週間前に左隣の部屋に引っ越してきたばかりで、『犬神写楽 』と名乗った。僕はつい変わった名前ですね、なんて失礼なことを口走ってしまい、ギロッと睨まれた。
それで今、大変萎縮しているんだけど……いや、理由はそれだけじゃなくて。
この人、犬神さんが僕が今までテレビの中でしか見たことがないくらい、綺麗で整った顔をしていたからだ。
よれよれのスーツを着て、無精髭も生えていて、髪も乱れているのだけど、それが逆にワイルドな雰囲気を醸し出していて……ひどく格好良かった。
――格好良すぎて、僕はなかなか彼と目を合わせられない。
「親父の横暴についブチ切れちまって、あんまり現金持たずに家出てきたからよ……毎日買い食いしてたらついに財布が空になっちまってさ。でもカード使ったら居場所が即バレるだろ?だから昨夜から何も食ってなくて」
「はあ」
何でカードを使うと相手に居場所が分かるのか、カードを持ってない僕にはよく分からない。でもなんとなく貧乏人の勘だけど、この人はお金持ちっぽい。
「ど、どうして家出したんですか?お父さんの横暴って……あ、話したくなかったら話さなくてもいいんですけどっ」
「ん?別にいいけど……会社のために顔も見たことねぇ女と結婚しろって言うから、ふざけんなっつって飛び出してきたんだ。まあ俺ももう25だし、そろそろ身を固めろとか面倒なこと言ってくるだろうって予想はしてたんだけどな」
「25……同じ年ですね」
「え、マジ?お前その顔で成人してんの!?」
「し、してますよ!よく童顔とは言われますけど……!」
明良といても、明良の方が背が高かったから僕が弟だと勘違いされることが多かった。
けどまさか、初対面でこんなふうに言われるなんて!
僕も睨んでやりたいけど、顔が良すぎてマトモに見れない……。
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