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第3話
「ところでこのおかず、めちゃくちゃ美味いけど買ったやつか?」
「いえ、それは僕が作りました。こっちの弁当は賄いですけど」
「マジで!?うちの板前並じゃねぇか」
家に板前さんがいるとかどんだけお金持ちなんだろう。言葉遣いはちょっとアレだけど、会社のために結婚させられるとか言ってるし、この人アレだ、御曹司とかそういう類の……
「あのさ、さっき俺が倒れたとき『アキラ』って叫んでたけど、彼氏?」
「い、いえ!弟です」
「弟?家出でもしてんのか?」
「いえ、その……」
僕は初対面の犬神さんに、つい身の上話を語ってしまった。僕達兄弟の境遇や明良が出て行った経緯、それで現在自分がひどく鬱になっていることなどを。
話しながら、僕はずっと誰かと話をしたかったんだと気付いた。誰でもいいから、僕の話を聞いてもらいたかったのだと……。
犬神さんは黙って僕の話を聞いてくれたけど、少し上の空で何か別のことを考えているようだった。でも、それが僕には逆に有難かった。
話し終ると、犬神さんは畳の上にゴロンと横になってため息を吐いた。
「お前の話聞いてると、俺なんて全然不幸でもなんでもねえって思えてくるな。ま、その通りなんだけど……今回家出したのも、単なる俺の我儘だし」
「そんな、お金持ちにはお金持ちの苦労があると思います!」
僕がそう言うと、犬神さんはガバッと身を起こした。
「そうなんだよ、聞いてくれるか?」
「ぼ、僕で良ければ」
「話っつうか、俺の頼み……聞いてくれる?」
「ぼ、僕に出来ることなら?」
なんか圧が強いんだけど……お金持ちイケメンのオーラってやつかな。
「よし、遊っつったっけ。遊、俺と結婚しろ」
「……え?」
今、なんて……けっ……こん?結婚!?
「返事はハイかイエスかどっちかにしろ」
「ハイ?」
「よし、決定な」
え、僕、この人と結婚するの!?っていうか男同士なんだけど、男同士って結婚できたっけ?いやいやその前に僕、この人のこと名前しか知らないんだけど!
「男同士ってのは別に抵抗ねぇだろ、さっき俺がアキラのこと彼氏かって聞いたとき、お前無反応だったし」
「え、え、」
「男同士で結婚は法律的にはまだ無理だけど、まあ近い将来どーにでもならぁ。別の方法が無いってわけでもねぇし」
「え、あの、」
何で僕の疑問が全部伝わってるんだっ!?僕、口に出してた!?
「……俺が相手じゃ不満か?」
「いいえ!」
知らなかった、僕ってイケメンに弱かったんだ……顔近づけられてちょっと悲しそうな顔をされただけで、口が勝手に返事しちゃったよ!!
「よし、そうと決まればさっそくカード使うか」
「え、でも居場所がばれちゃうんじゃ……」
「親父もいきなり連れ戻したりはしねぇだろうよ、まずは部下にコッソリ様子見に来させると思う。それで息子が男と結婚の約束したって伝われば、あの女との結婚話も無くなるぜ!」
犬神さんはガッツポーズをしたあと、すっくと立ち上がった。
「夕飯、馳走になったな。次は俺が奢ってやるよ。遊、仕事っていつが休みだ?」
「えっと、シフト制なので日曜日と平日のどれかです」
「ふーん。明日は日曜だから休みだな。……あとで俺の部屋に来いよ、飲もうぜ」
「えっ」
「じゃ、また後でな!」
そう言って、犬神さんは僕の部屋を出て行った。そのまま階段を下りる音が聞こえたから、きっと近くのコンビニに行ったんだろう。
僕、お酒ってあんまり飲めないんだけど……ビールとか、苦手だし。
犬神さんが帰っても、僕はぼんやりしてその場を動けなかった。
「息子が男と結婚の約束をしたら……か」
そうだ。別に結婚相手にするのは、僕じゃなくても良かったんだ。たまたま僕が目の前にいたから……貧乏で、家族も弟だけで、でも今は独りぼっちだから煩わしいコトも何も無いから……きっと、それだけの理由だ。
少し勘違いしてしまったのが恥ずかしい。大体考えなくても分かるじゃないか。
好きだとか、一言も言われてないのに。
僕が格好いい犬神さんのことをいいなあって思うのは当然だとしても、向こうも僕のことをそんなふうに思う筈ないのに……。
明良がいなくなって毎日が淋しすぎるから、こんなふうに都合よく利用されても別にいいかって思ってしまった。犬神さんの結婚話がなくなったら、きっと用済みになって捨てられると分かっていても。
明良……僕って本当、ダメなお兄ちゃんだね。
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