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春の匂いは誘惑をのせて 第4話 | 夜野綾の小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
春の匂いは誘惑をのせて
第4話
作者:
夜野綾
ビューワー設定
4 / 6
第4話
翔
(
しょう
)
が目覚めると、見知らぬ天井が白く広がっていた。 どこだ? 体を動かした瞬間、鋭い痛みが脳を走る。歯を食いしばって耐えていると、低く柔らかい声がした。 「起きたのか。これ、飲めるか?」 目をうっすら開けると、知らない男がコップの水を差しだしていた。頭痛薬も持っている。 「ここ……」 「俺の部屋だ。心配しなくていい」 その言葉に昨夜の記憶が一気に蘇る。 そうだ。大学に合格したからアパートを探しに来て、晩飯を食べようと店を見つくろっていたんだった。 知らない男に道を聞かれて、馴れ馴れしく飲みに誘われて。断り切れずに一緒に晩飯を食べたつもりが、途中でなんだかおかしくなって、気づけば静かな部屋でアルファたちに体を撫でまわされていて……。 思い出した途端、頭痛がひどくなる。そろそろと身を起こしコップを受け取る。頭痛薬もありがたく受け取った時、目の前の手が傷だらけなのに気づいた。 「あの……」 若い男が気まずそうに手をひっこめる。 噛み跡だ。皮膚が裂けるほど歯で食らいついた傷が、いくつも手の甲に残っている。 20代前半か。真剣なまなざし、真面目そうな顔だった。この人はどこかで助けてくれたのだ。自分が発情してこらえきれなくなっていたのは、ぼんやりと覚えている。この匂いからして、彼はアルファなのだろう。おそらく耐えるために己の手を噛んだ。 感謝の気持ちが湧き上がる。 「すみません。その……」 静かに言うと、男はふわりとほほ笑んだ。 「あやまることない。悪いのはあいつらだ。なんとか君を引っ張り出したんだけど、靴とか財布とか……持ってこられなくて。 途中で君が意識をなくしちゃったんで、ここに連れてきたんだ」 コップを受け取り、男はサイドテーブルにコトリと置いた。 窓が開けられ風が入ってきていたが、気遣うようにカーテンは閉められていた。部屋はきれいだが大きくはなく、向こうの壁に机と本棚がきちんと並んでいた。 「名前は?」 男の問いかけに、素直に答える。 「翔です。
椿木
(
つばき
)
翔」 「そうか。災難だったな。俺は京也。
東雲
(
しののめ
)
京也だ」 よろしく、と差し出された手をそっと握る。 触れたところから熱が伝わり、翔は知らず息を吐いた。 みっともないところを見せたはずなのに、京也という男は何も言わない。発情したオメガを部屋に入れながら、我が身を噛んで翔を守った。 不意に泣きたくなった。 世界には、こんな人間もいるのだ。 暴力的な父からやっと逃れたと思えば、来たばかりの街で強姦されそうになった。こんなにひどい話はないと思うのに、その果てにこんな人がいるなんて。 ぽたん、と落ちた涙が掛け布団に染みを作った。 「大丈夫か? 少し寝た方がいい」 背中を支え、京也は翔を寝かせてくれた。掛け布団を引っ張り上げ、きちんと体を包んでくれる。ぽんとひとつ布団を叩いて、京也はコップを手に取り台所へ行ってしまった。 涙はいつまでも滴り続け、こめかみを濡らして枕に沁みた。
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夜野綾
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