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第4話

 (しょう)が目覚めると、見知らぬ天井が白く広がっていた。  どこだ?  体を動かした瞬間、鋭い痛みが脳を走る。歯を食いしばって耐えていると、低く柔らかい声がした。 「起きたのか。これ、飲めるか?」  目をうっすら開けると、知らない男がコップの水を差しだしていた。頭痛薬も持っている。 「ここ……」 「俺の部屋だ。心配しなくていい」  その言葉に昨夜の記憶が一気に蘇る。  そうだ。大学に合格したからアパートを探しに来て、晩飯を食べようと店を見つくろっていたんだった。  知らない男に道を聞かれて、馴れ馴れしく飲みに誘われて。断り切れずに一緒に晩飯を食べたつもりが、途中でなんだかおかしくなって、気づけば静かな部屋でアルファたちに体を撫でまわされていて……。  思い出した途端、頭痛がひどくなる。そろそろと身を起こしコップを受け取る。頭痛薬もありがたく受け取った時、目の前の手が傷だらけなのに気づいた。 「あの……」  若い男が気まずそうに手をひっこめる。  噛み跡だ。皮膚が裂けるほど歯で食らいついた傷が、いくつも手の甲に残っている。  20代前半か。真剣なまなざし、真面目そうな顔だった。この人はどこかで助けてくれたのだ。自分が発情してこらえきれなくなっていたのは、ぼんやりと覚えている。この匂いからして、彼はアルファなのだろう。おそらく耐えるために己の手を噛んだ。  感謝の気持ちが湧き上がる。 「すみません。その……」  静かに言うと、男はふわりとほほ笑んだ。 「あやまることない。悪いのはあいつらだ。なんとか君を引っ張り出したんだけど、靴とか財布とか……持ってこられなくて。  途中で君が意識をなくしちゃったんで、ここに連れてきたんだ」  コップを受け取り、男はサイドテーブルにコトリと置いた。  窓が開けられ風が入ってきていたが、気遣うようにカーテンは閉められていた。部屋はきれいだが大きくはなく、向こうの壁に机と本棚がきちんと並んでいた。 「名前は?」  男の問いかけに、素直に答える。 「翔です。椿木(つばき) 翔」 「そうか。災難だったな。俺は京也。東雲(しののめ)京也だ」  よろしく、と差し出された手をそっと握る。  触れたところから熱が伝わり、翔は知らず息を吐いた。  みっともないところを見せたはずなのに、京也という男は何も言わない。発情したオメガを部屋に入れながら、我が身を噛んで翔を守った。    不意に泣きたくなった。  世界には、こんな人間もいるのだ。  暴力的な父からやっと逃れたと思えば、来たばかりの街で強姦されそうになった。こんなにひどい話はないと思うのに、その果てにこんな人がいるなんて。  ぽたん、と落ちた涙が掛け布団に染みを作った。 「大丈夫か? 少し寝た方がいい」  背中を支え、京也は翔を寝かせてくれた。掛け布団を引っ張り上げ、きちんと体を包んでくれる。ぽんとひとつ布団を叩いて、京也はコップを手に取り台所へ行ってしまった。  涙はいつまでも滴り続け、こめかみを濡らして枕に沁みた。

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