4 / 6

第4話

お兄さんと生活し始めてから、1週間が経った。薬の効果はまだ切れないみたいで、僕はまだ大人の身体のままだ。 お兄さんはお風呂とご飯を一緒にしてくれて、寝るのも一緒だ。ご飯はとっても美味しい。ゲームもテレビも漫画も見させてくれる。 でも、外に出ることは許してくれない。 お兄さんがどんな仕事をしているのかわからないけれど、よくパソコンの前で黙って頭を抱えているのを見かける。 それが多分お仕事だ。 そろそろ寂しくなってきて、耐えられなくなってきた。 お兄さんといるのが嫌なわけじゃなくて、むしろずっといっしょにいたいけれど、でもどうしてもパパとママに会いたい。 もしかしたら、大人になった僕でも、本当のことを話したら抱きしめてくれるかもしれないし。 そんな風に思っている時だった。 「ひろ、今から俺は出かけるけど、絶対に外に出るな。わかったな。」 お兄さんが、何か封筒を持って僕に出かけると言ってきた。 「うん!」 僕は元気よく返事して、お兄さんを見送って、そして、 がちゃり。 少し時間が経った後、外に出るドアを開けた。鍵は、どこにあるかわからなかったからかけていない。 「まぶしーっ!!」 久しぶりに外に出た。お兄さんのお家は綺麗だったけどずっと暗くて、だから太陽の光が眩しくてたまらない。 空気も美味しい。 外に出て、お兄さんのお家が駅の近くだったことがわかった。これなら僕の家に真っ直ぐ帰れる。 強い日差しの下を、どんどん家に向かって歩いていく。しかし、僕は途中で誰かに腕を掴まれた。 「小鳥遊 大翔(ひろと)君だね?」 「んーん、僕は咲良ひろと!」 「えっ…と、とりあえず、ちょっと付いてきてくれないかな?」 僕の手を掴んだのは、お巡りさんだった。二人組で、僕の話を聞いて驚いたように顔を見合わせている。 「ママとパパに会わせてくれるの?」 「…あ、ああ。もちろんだとも。」 「やった!!」 パトカーに乗せられて、警察署へと連れていかれる。 今までどうしていたの?と聞かれたけれど、魔法の薬のことは秘密だから、僕は公園で家出をしていたことにした。お洋服は、貰ったことにして。 そして警察署で数分待っていたら… 「ひろ!!探したわ!どうして帰ってこなかったの?!」 勢いよくドアが開いて、息を切らした女性が室内に駆け込んできた。少し疲れて老けて見えるけど、ママだ。 きっと、僕を探してくれていたんだ。 大きくなった僕でも、ちゃんと僕ってわかってくれた。ほらね、お兄さん、やっぱりママは僕のことなんでもお見通し。 薬の魔法が解けるまでも、ママは何も言わずに一緒にいてくれるよ。 「ママ!」 駆け寄ると、抱きしめられた。 「…ママ?」 しかし、ママは怪訝そうな声で首を傾げ、警察の人たちをじっと見た。 「理由はわかりませんが、幼児退行のような症状がみられます。」 ん?よーじたいこー?それはなんだろう?よくわからないけど、それを聞いてママの表情はさっきよりも優しくなる。 「あら、そうなの。ひろくん、今何歳?」 「9つ!」 「そう!お家に帰りましょうね?」 「うんっ!」 ママは僕を連れ出そうとしたけど、警察の人がママを引き留めた。 「一度病院に行った方がよろしいかと… 」 「何言ってるの!こんなに探したのよ? 病院は後で連れて行きます。一旦家に連れて帰らせてもらいます。そうしたらきっと元に戻るわ。」 ママは強く言い返して、僕を連れ出す。そっか!家に帰ったら戻るかもしれない。 「はあ…。まあ、そうですね。息子さんが戻ってきて、よかったですね。」 「ええ、ええ!!ありがとうございます。」 僕がもどってきたのが嬉しくて泣いている優しい優しいママ。僕はママと手を繋ぎながら、青空の下、お家に帰った。 「ねえねえママ、こっちはお家じゃないよ?」 もう、お家はとっくに過ぎている。僕はママの手を引いてお家の方向を指差すわ 「いいえ、実はひろくんのいない間に引っ越したのよ。」 「えー!じゃあ新しいお家!?」 「ええ、そうよ。」 …あれ、ママ、なんだか声が冷たくなった? 全く僕の方を見ようとしないし、ちょっと力が強くて痛いよ。 …ちょっと怒ってるだけだよね。だって1週間もいなかったんだから。 でも、お家に着いた途端、そうじゃないかもしれないと思った。 ママがお家だと指差したその建物に一歩近づくたびに、僕はなんとも言えない恐怖感に包まれたのだ。 …怖い。どうして? 「ねえ、ママ、ここ、いや… 」 がたがたと震えながら、僕は鍵を開けるママの手を振り払おうとした。でも、ママの力は抜けないし、ママは全くこっちを向かない。 そして。 「何やってんだ馬鹿野郎っ!!!!」 がちゃり、ドアが開いた途端、ドスの効いた男の人の大声が響いた。 大きな声とともにドスンと大きな音がして、身体が痛みに襲われる。容赦ない大人の力で、叩きつけられたのだとわかった。 その衝撃で、僕、…いや、俺は思い出した。 …どうして俺が、あの家で目覚めたのかを。

ともだちにシェアしよう!